2019年07月18日公開
2019年07月18日更新
ラ・ラ・ランドを考察!映画のラストの意味や二人が結ばれなかった理由は?
2017年(全米では2016年)に公開され、世界中を感動の渦に巻き込んだミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」。観る人の多くを感動させ、アカデミー賞作品賞にもノミネートされた全世界で話題となった大人気映画です。何故ここまで「ラ・ラ・ランド」が評価され、アカデミー賞選考委員や批評家などが絶賛するのでしょうか。今回は「ラ・ラ・ランドを考察!映画のラストの意味や二人が結ばれなかった理由は?」を紹介し、主人公のミアとセブのネタバレを含め考察していきます。
目次
ラ・ラ・ランドの映画とは?
ラ・ラ・ランドの作品情報
映画「ラ・ラ・ランド」は、ロサンゼルスを舞台にした2016年制作のアメリカ映画で、二人の男女がそれぞれの夢や恋愛、葛藤を歌い踊るミュージカル映画です。監督は「セッション」で高い評価を得たデイミアン・チャゼルで、自らのオリジナル脚本を映画化したミュージカルラブストーリーの傑作です。「セッション」でアカデミー賞を得たJ・K・シモンズがバーの経営者役で少しだけ登場しているのも話題となっています。
ラ・ラ・ランドの予告編動画
「ラ・ラ・ランド」は2017年のアカデミー賞で最多6部門を受賞しました。また、第41回日本アカデミー賞でも最優秀外国作品賞を受賞し、アカデミー賞をはじめ多くの映画賞に輝いた本作は、観た人に感動を与えましたが、全世界で賛否両論を呼んだ一本でもありました。その大きな理由として、物語のラストに理由があると言われています。これから、あらすじの紹介やネタバレ考察を含め本作のラストまでを紹介していきます。
ラ・ラ・ランドのあらすじ
物語の始まりは渋滞したロサンゼルスのハイウェイ。紙を見ながら何かを呟いていたミア・ドーランは、ようやく車の流れが動き出したことに気がつかず、後ろの車からクラクションを鳴らされてしまいます。ミアはその車に乗っていた若い男に向って中指を立て怒りを表していました。
ミアはバイト先である映画の撮影所内のカフェ向かっていました。女優志望の彼女はオーディションを受け続けては落選する毎日で、車の中でブツブツと呟いていたのもオーディション用の台本を読んでいたのです。この日もバイトが終わるとすぐに面接を受けますが、また落選してしまいます。
気を晴らそうとしたミアは、友だちと一緒に業界関係者のパーティへ参加します。そして帰ろうとすると車が駐車違反でレッカー移動されていて、仕方なく徒歩で帰ることにしました。その途中、あるバーの前を通りかかるとピアノの演奏が聞こえ、ミアはその音にひかれ店内へ入っていきました。
するとピアノを弾いていたのは、偶然にも渋滞のハイウェイで自分を追い抜かした男でした。この店でバイトをしている彼は、セバスチャンという名でジャズ・ピアニストを目指しています。ですが、店ではポップスばかり弾かされ、やる気を失い反抗のつもりでジャズを演奏していたところへミアが入って来たのです。そんなセバスチャンは即刻クビになり、声をかけようとしたミアを無視してさっさと帰ってしまいます。
しばらくして、別のパーティに参加していたミアは、バンドの一員として演奏していたセバスチャンに出会いました。ミアの方から声をかけ、最悪の出会いだった2人はそれから徐々に親しくなり、お互いの夢を語り合い、やがて、一緒に暮らし始めます。セバスチャンは旧友の結成したR&Bバンドの一員となり、ツアーで全米各地をまわっていましたが、ミアの方はオーディションにうんざりし、自ら書き上げた一人芝居を上演していました。
お互いに忙しくなった2人の仲はギクシャクしてしまいます。上演がうまくいかなかったミアは、自信を失くしてしまい実家へ帰りますが、たまたまその上演を見ていたプロデューサーの目にとまりミアは大作映画に抜擢されました。撮影はパリで長期に渡って行われるということもあり、ミアがパリに旅立つ前に2人は仲直りします。「ずっと愛し続ける」とお互い口にしますが、遠距離生活ではその誓いも虚しいものでした。
あれから5年が経ち、もう結婚して子供もいるミアはすっかり売れっ子の女優なっていました。そしてミアが夫と一緒にロスの市街に出た時、何気なくライブハウスに立ち寄ります。するとそこは偶然、セバスチャンが経営する店でした。2人はこの再会までずっと連絡を取っていなかったのです。
ミアに気づいたセバスチャンでしたが、何も言わず2人にとって思い出のある曲を弾きはじめます。彼はミアとの出会いから現在までを、幸せな「もう一つの過去」として想像しますが、それはもちろん幻想であって現実ではありません。2人はこうなったのも運命だったと笑顔で別れるのでした。
ラ・ラ・ランドの物語をネタバレ考察
ネタバレ考察①ノヴァーリスの夜の讃歌
ノヴァーリスの「夜の讃歌」はロマン主義文学を代表するほどの詩であり、最愛の女性ゾフィーの死に際して「青い夜」に救済を求めた切ない詩でもあります。最愛の女性ゾフィーを亡くしたノヴァーリスが、彼女の墓標の前で佇むところから始まります。ゾフィーの墓の前に長い時間いたため、次第にあたりは暗くなり「夜」が彼を包み込みます。その夜の青さの中には数え切れないほどの光があることを感じとります。
ノヴァーリスは「夜」を照らす太陽のような存在として女性ゾフィーがいることを知ります。そのためノヴァーリスはゾフィーと再会できる「夜」を求めるようになり、次第に「昼」を疎ましく思うようになるのです。ゾフィーは「死」の存在であり、ノヴァーリスは「生きた」存在な為、「夜」にしかノヴァーリスが感じることのできない切ない内容となっています。
さらにノヴァーリスは今も生きた存在であり、彼には「昼」という時間が存在しています。これを解いていくと、「昼」は有限、「夜」は無限という対比で考えることができ、「昼」は生、「夜」は死を表していると解釈できます。
映画「ラ・ラ・ランド」を考察するにあたって注目したいのは「青」と「夜」です。映画の冒頭では渋滞するハイウェイにて「朝への賛歌」とともに、ミュージカルの明るい世界観に導かれます。ですが、それとは対照的にセブとミアのハイウェイでの出会いは最悪のものだと言えます。群衆が「朝の喜び」を歌っていたシーンと対比して見ると、2人が「朝」を否定しているように思え、夜を待ち焦がれている様にもとれます。
ネタバレ考察②ミアの物語
物語のはじめ、ミアはカフェでオーディションに出かけるときに、服にコーヒーをかけられ、青いジャケットを着てオーディションを受けます。ですが、思うような結果を出すことができなかったミアは、意気消沈して家へと戻り、その夜、気晴らしには青いドレスを着てパーティーへ向かいます。
オーディションの時に来ていたジャケットもパーティーで着ていたドレスも青色で、彼女の身につけている服は青いものが目立ちます。前述の「夜の讃歌」を踏まえ、これには「夜」を求めるミアの思いが表現されており、パーティーの最中にミアが鏡に映る自分の姿を見つめるシーンと重ねると、この時点でミアの「青」の内側に秘められた光を見出してくれる人物が自分の他にいないことを表しています。
ネタバレ考察③セブの物語
もう一人の主人公、セブは夢を実現できず、悩み昼間から部屋でレコードを聴き漁り、演奏を続けていました。夜になるとジャズバーへと出かけていき、演奏をしますがそこで彼が演奏を要求されるのはジャズではなくクリスマス音楽でした。ですがセブはクリスマスソングを演奏せずに、自分が作曲した楽曲を演奏し始めます。
誰も自分の音楽なんて聞いていない中で、自分の思いを少しでも聞いて欲しいという心の叫びこそがあの楽曲であり、あの楽曲に彼が求めていたものの全てが込められていたのです。ミア同様、天文台のシーンで同じメロディの楽曲が使われることで、彼の求めていた「夜」が到来したことが告げられていると解釈できます。
ネタバレ考察④グリフィス天文台のシーンまでの経緯
グリフィス天文台のシーンは「ラ・ラ・ランド」を語るうえで間違いなく1つの大きなターニングポイントになっています。そして、互いに有名な女優とジャズミュージシャンになり自分の店を持つことを目指しているミアとセブのキャリアが鍵となってきます。ここをきっかけに物語は動き始めます。
物語の序盤、ミアはオーディションに落ち続け、セブは店を追い出されたりと二人の夢が叶うような気配は全くありません。その理由は、セブとミアは自分たちを他人の物語の中に押し込めようとしているからです。誰かが書いた脚本のセリフを読んだり、誰かに指定された楽曲を演奏したり、自分が「主」ではなく自分以外が主権を握っている世界の中に自分を当てはめようとしているからです。
このままだと、ミアとセブの物語はどこにも存在することはありません。そんな彼らが映画館へと向かい「理由なき反抗」を鑑賞し、2人がキスをしようとした時に、映画の映写トラブルが起こります。まさにそのシーンがグリフィス天文台だったということで2人は車に乗り天文台へと向かいます。
そして自分たちの物語を語り始めるためにグリフィス天文台へと向かい、プラネタリウムのシーンでは自分たちの世界を創造し、ここまで自分たちが築き、歩んできた物語を一度終わらせます。つまりそれは新しく自分たちのための物語を、自分たちの言語で語ろうという方向へとシフトしていく重要なシーンなのです。
ネタバレ考察⑤物語の第2部
ミアは夢への一歩として1人劇の脚本を書き始め、その実現に向けて動き始めます。一方セブは、バンド仲間から稼ぐために一緒にバンドを組まないかと誘われますが、きっぱりと断ります。それは自分の店をオープンするために動き始めるためでしたが、現実はそう甘くはありません。
自分の店をオープンするためにも、ミアと生活を続けていくためにもお金が必要であるという現実に直面し、セブは自分の夢とミアのために再び旧知の知り合いのバンドに加入することとなります。それは些細な出来事でしたが、この崩壊のはじまりを2人の住む部屋の天井の片隅にできたシミがうまい具合に表現しています。
そして2人が部屋の中で静かに「CityofStars」という曲を奏でますが、まさしくこの「星々の街」とは2人が探し求めてきた「夜」のことであり、2人だけの宇宙のことのはずが、それを手に入れたにもかかわらず、どこか哀しさを感じさせるこの曲は、2人の物語がすれ違うことを既に予見していたのかもしれません。
そしてミアの1人芝居上演の当日に2人は別れることにしました。そして2人の「夜」はここで終わりを迎え、作品は再び朝と昼の世界へ戻っていきます。2人は自分の中にある光を導き出してくれた最愛の相手を失ってしまい、自分の物語を語ることができず、再び夜を待ちわびる日々へと戻っていくのです。
ネタバレ考察⑥オーディションのシーン
ミアは、冒頭のオーディションでは落選していましたが、この時は、自分の思いや言葉、オリジナルな世界観で自分の物語を語りオーディションに合格します。物語が後半を迎えるころ、2人の求めていた「夜」の在り方は変化していて、それを表すようにセブとミアが昼間に訪れたグリフィス天文台のシーンは、前半の夜の天文台とは違い、2人の探し求めていた「夜」が終わりを告げていることを悟らせてくれます。
ですが、はっきりと「夜明け」が描かれておらず、2人にとっての「夜」はまだ終わっていないのかもしれないと思わせてくれるのがこのシーンのポイントです。2人はお互いを探し求めていた星のように思っていたのですが、ここで2人はそれぞれ互いに別々の道を歩む決断をします。
ラ・ラ・ランドのラストの意味ネタバレ考察
ラストの意味①二人が結ばれなかった理由
ミアとセブの二人はそれぞれの道で成功しましたが、ラストを迎える頃には結ばれていませんでした。このラストに対して世間では「バッドエンド」という意見もあったようです。 チャゼル監督は、ラストで二人が結ばれなかったことに対してインタビューで、「結末は最初から決まっていたが、二人の愛は『生き続ける』ものである」と話しています。
続けて監督は 「一緒にいることが、愛のすべてというわけじゃない。例え二人が分かれてしまい、別々の道に進んだとしても、お互いを思い合う気持ちがあることこそが愛なんだ。この「生き続ける愛」こそが素敵で美しいものなんだ。」と話しています。
監督の言葉を解いていくと、ラストシーンはまた別の見方が出来ます。 結婚し幸せな家庭をもったミアは、夢だった女優という職業を手に入れますが、ラストの回想シーンでは、夫ではなく、もしもセブと一緒にいたらと考えます。ミアはそれを自身が後悔をしているからだと感じショックを受けますが、それは決して家族のことを愛していない訳ではなく、この回想が「生き続ける」愛によって仕方なく起こったのことなのです。
ミアが店を出て行く際にセブを振り返ります。するとセブはミアに微笑み、そしてミアも同じように微笑みかけます。二人が別れることなくその後も一緒に居続けたとして、それが「生き続ける愛」ではなく「死んだ愛」になってしまえば、それこそ悲しいラストになってしまいます。2人のこの決断は、最も美しいハッピーエンド繋がったのです。
ラストの意味②幻想世界はセバスチャンの視点
「ラ・ラ・ランド」ラストの幻想世界はセバスチャン側の視点といえます。その理由のひとつがオープニングで流れている「Another Day of Sun」です。ダンスや映像が素晴らしいのでなかなか歌詞に目がいかないですが、この曲は2人の未来を暗示する、大事な伏線がはられているのです。
この曲の歌詞に「彼はいつか座り、明かりが落ちたら私の顔を見て、彼は昔の姿を想像するでしょう」というニュアンスの歌詞があります。彼をセバスチャンとするならば、幻想世界を想像しいるのはセバスチャンでそして幻想世界ではセバスチャンの夢が叶わなかったことを強く表しているのです。
セバスチャンは、ピアノを弾く直前ミアの存在に気づき、ミアにストーリーを語り始めるかのように急遽2人の思い出の曲「ミアとセバスチャンのテーマ」の演奏を始めます。幻想世界に入るのは、セバスチャンが「ミアとセバスチャンのテーマ」のピアノを弾き始めてからなので、演奏しているセバスチャンはストーリーを語る側、聴いているミアはストーリーを聞く側ととらえることが出来ます。
ラストの意味③監督の理想の姿がセバスチャン
「ラ・ラ・ランド」において、セバスチャンというのはチャゼル監督の理想の姿であり、その姿そのものがチャゼル監督の「こうありたかった姿」と捉えることができます。夢を追うことの辛さ、それによる代償の大きさなど、監督自身と重ね合わせながら描いているのです。
数々の作品において、自らをキャラクターとして投影した場合、多くの監督や表現者はそのキャラクターを、不幸な目に合わせたりするものが多く存在しているようです。その理由として、その存在を不幸にすることで、今までの苦労や悲しみを代わりに背負ってもらい昇華してもらうという見方もありますが、単純にハッピーエンドが恥ずかしいからというのもあるようです。
ラストの意味④映画について描いた映画
作品がどれだけ刺激的で幻想的であろうと、映画は映画でしかなく現実ではありません。「ラ・ラ・ランド」では、冒頭の強烈な演出で「映画の世界」に誘いこんだのであれば、現実に帰す作業というのは絶対に必要であり、それは作る側の義務であると言えます。
壁に描かれた観客から映画の世界を連想させ、どれほどまでに素晴らしいと思っていても、あくまで映画であり、空想の世界ということを「ラ・ラ・ランド」では美しく表現しています。ストレートに映画についての映画を作るわけではなく、2人の人生や幻想、細かい描写や映像で表現している点で「映画について描いた映画」というモノの中では多作品に差をつけています。
ラ・ラ・ランドのその他の謎ネタバレ考察
ネタバレ考察①冒頭の意味
ここからはネタバレ考察として紹介していきます。まずは、LAに向かう車の列を、数々の映画に例えながら考えていきます。あの車達は、歴史上のたくさんの映画であり、その車の横や上で明るい色の服を着た俳優達が踊ることで「映画の世界へようこそ!」というメッセージが込められているのです。
前述の通り、この映画は「これから映画について語るよ」「映画について描いた映画」であるというという意味も込められています。冒頭の意味としては、映画に携わり、それでもLAにたどり着くことができなかった役者やスタッフ、さらには数々のアイディアなども含めた、様々な映画達の象徴が踊りだしているのです。
ネタバレ考察②ジャズの映画である理由
映画音楽の歴史はジャズとともに始まっており、ジャズについて語ることは、そのまま映画音楽について語ることでもあります。「ラ・ラ・ランド」では作中で何度もジャズについて語っていますが、それは同時に「映画音楽」について語っているからでもあります。
「伝統に縛られたままでいいの?」という表現のシーンでは、映画の音楽のあるべき形について語っているようでもあり、「クラシカルなミュージカル映画ばかりでいいの?」という問いかけにもとれます。「ラ・ラ・ランド」を通してこれからの映画や映画音楽、ミュージカルの今後を語っているのです。
ネタバレ考察③映画館のミアのシーン
映画館のシーンの段階では、ミアは映画を外側から眺める観客でしかなく、どれほど望んでもその映画の中には入ることはできません。あのシーンにおいてミアはまだ「女優として映画の中に入りたい」という情熱は持ち続けておりそれを象徴するシーンでもあります。
ネタバレ考察④評価が高い理由
出典: https://ciatr.jp
「ラ・ラ・ランド」は有名な批評家サイトRottentomatoesでは、批評家からの支持が91%、鑑賞者からの支持が81%とかなり良い評価を受けています。ネタバレになってしまいますが「ラ・ラ・ランド」は夢を追いかけている主人公2人の王道ラブストーリーですが衝撃的なラストを迎えます。
夢に向き合えていなかった2人が出会い、恋に落ちてお互いに刺激を受け、最終的には夢に向かって歩き出すストーリー展開は王道中の王道といえます。高評価の要因としては、ラストでの展開や、それぞれのキャラクターの感情性や描写など、オーディエンスが二人に自分を重ねることができた事が、高評価の要因の一つといえます。
ラ・ラ・ランドの映画の見どころ
見どころ①ミュージカルシーン
出典: https://eiga.com
「ミュージカル映画で大切なことは現実を忘れさせること」と言われています。それはミュージカルに限ったことではないですが、ミュージカル映画は当然のように突然踊りだしたり、歌い始めたりする非日常的な部分が多いミュージカルは、その要素の重要性が他の映画に比べて大きいと言えます。
ミュージカルというのは現実的な作品だと思わせてはいけません。現実を忘れて、誰とどんな場所にいようとみんなで音楽と共に体を揺らすような演出が大事であるため、物語が成り立つためには作品世界とミュージカルパートは、ある程度切り離すというかんがえかたも大事です。「ラ・ラ・ランド」では、冒頭のような日常を吹き飛ばすほどの大規模な演出をすることで、観客が現実の世界を忘れて映画の世界へと導かれるのです。
見どころ②色彩が素晴らしい
出典: https://ciatr.jp
「ラ・ラ・ランド」は色彩のマジックが素晴らしいと言われています。作中では青が良く使われていますが、青色というのは見るだけで集中力が上がったり、リラックス効果があるとされ、ミュージカルシーンで興奮気味になったテンションを、一度沈静化させるという意味でも効果を発揮しています。
キャストの演技力はもちろんですが、色が与える心理効果により観客は画面に釘付になるように促されています。青が使われている場面でそれが、青ではなく白であったり、真っ赤であれば全く同じ演技であっても受ける印象は違うはずです。悲しい場面の演技では、青色のような寒冷色には気持ちを落ち着かせる効果の他にも、悲しい気持ちを助長させることも期待できます。
見どころ③汚れたシャツの意味
ミアは冒頭のオーディションで失敗し、涙目になりながら家路につくシーンがあります。廊下にいる他のライバルたちは多くが白いシャツを着ており、ミアも同じように白いシャツを着ています。それは、同じようなシャツを着ているミアの演技力や魅力は他のライバルたちと変わらないということを表しています。
さらに1人だけ汚れたシャツを着ているというのは「エマの演技が他のオーディション相手とあまり変わらない」「少し落ちる演技をしてしまっている」という解釈もできます。さらにこの視点でセバスチャンの服の色を見てみると、いつも白いワイシャツを着ているにもかかわらず、バンドに入り成功していくと、シャツの色は黒くなっていきます。バンドのイメージもありますが、本当の気持ちを表しているという風にも考えられます。
見どころ④古い映画を連想する風景
「ラ・ラ・ランド」は、ロサンゼルスの街並みであったり、映画全体を通してその撮り方なども古い映画を意識していると言われています。脚立を持って歩く人々だったり、その他のシーンでも多くの映画の中に出てくる描写が使われています。
映画全体を見ていると、現代の話のはずがどこか古い映画のような印象を与えます。それは、撮り方はもちろんですが、昔の作品や音楽など数々の歴史的な作品を連想させるように様々なところでテイストを取り入れているからです。
見どころ⑤音楽演出の移り変わり
「ラ・ラ・ランド」では、音楽演出の移り変わりで物語を表している場面があります。本作では「ミア=女優=映画」であり、「セバスチャン=音楽=映画音楽」の象徴と捉えています。音が無いシーンから音があるシーンに変わる所は、二人が出会い融合していくところを表しています。
2人が少しずつ仲良くなっていく場面を、音楽と映画で表すのならば、「映画と音が初めて出会うと、はじめはうまくいかないこともあるが、徐々に理解しあい楽しい映画を作り上げていった」という意味にとることもできるのです。まさに、映画について描いた映画なのです。
ラ・ラ・ランドのミアがひどい?嫌われる理由考察
嫌われる理由①男性にすぐ話しかける
オーディションに受からず落ち込んでいたミアは、ルームメイトの誘いであるパーティーに参加します。自分を売り込む機会だという気持ちもありましたがうまく行かず、さらには車もレッカーされてしまいやけになっていました。その帰宅中に、セブが演奏しているバーに入り曲を聴いて真っ先にセブに話しかけます。気になった男性にすぐに話しかけに行くという行動が、自信過剰に思え印象悪く感じた人も多いのではないでしょうか?
嫌われる理由②約束を破る
セブとミアはデートで映画を観に行く約束をしますが、この時ミアには付き合っている彼氏がいました。セブと約束した日には彼であるグレッグとのディナーの予定がすでにあり、迎えに来たグレッグと食事に行きます。にもかかわらずレストランで流れていたジャズを聴いてセブに会いたくなり、レストランを抜け出して会いに行きます。こういう自分勝手な行動が嫌われる理由のひとつかもしれません。
嫌われる理由③浮気する
セブと映画デートをしている時、手をつなぎ、さらにはキスしそうになりますがそれは失敗してしまいます。ですがそこで終わらず、映画の舞台でもあったグリフィス天文台に行き、そこでワルツを踊った後にキスをします。ここで、ミアとセブとの交際が始まりますが、彼氏とのディナー中にレストランを抜け出して他の男とデートしそこで付き合ってしまうという大胆な行動をしてしまいます。
嫌われる理由④頑固な性格
セブが加入しているバンドがツアーをすることになった時、セブはミアに「一緒にボイシに来いよ」といいますが、2週間後に本番を迎えているミアは稽古があるからとそれを拒否します。セブはツアー先でも稽古はできるだろうと説得しますが、ミアは首を縦に振りませんでした。しまいには、やりたいわけではないバンドをやっているセブに対して、つっかかり喧嘩になってしまいます。
嫌われる理由⑤優柔不断な性格
ある日、ミアの舞台を観た関係者から、セブの自宅にオーディションの電話が来ます。セブはそのことをミアに伝えますが、落ち込んでいるミアは素直に受けることが出来ませんでした。セブは悩んでいるミアに、オーディション前に自宅に迎えに行くと伝えますが、約束の時間に家の前で待っていてもミアは姿を見せません。予定の時間を数分過ぎ、セブが諦めて帰ろうと車を発進させると、同時にミアが現れます。
嫌われる理由⑥夫の隣で元カレを思い出す
ラストでは5年の月日が立ち、セブはジャズの店「セブズ」を立ち上げ、ミアはハリウッド女優になりお互い夢を叶えていました。さらにミアは結婚しており子どももいます。ラストシーンの妄想シーンではセブの演奏が終わるとともに空想も終わります。夫がすぐ隣にいるにもかかわらず元彼を思い出し、別れを惜しむというシーンでは感動ではなく、気分を悪くした人もいるのではないでしょうか?
ラ・ラ・ランドに関する感想や評価
色彩といい世界観といい
— ゆきまる (@Y_ukimaru) July 15, 2019
この1枚にラ・ラ・ランドの素晴らしさがまるごと詰まってると思う(謎の高画質) pic.twitter.com/2eXM2SmnI5
「ラ・ラ・ランド」の世界観は見る人を魅了します。俳優の演技や存在感、物語の展開ももちろん素晴らしいですが、単純に目から入ってくる色彩のマジックも魅力のひとつです。耳から入る音楽と合わさることでさらに魅力が増しています。
韓ドラとは関係ないけど🙏💦
— YuRi (@mkyimed8711389) July 7, 2019
今さらですが……
『ラ・ラ・ランド』観ました💃🕺
ラスト10分泣いたーー😭
とってもいい映画でした✨💞 pic.twitter.com/cZ5jzhpgVV
「ラ・ラ・ランド」の面白さはラストに向けて徐々に加速していきます。起承転結のはっきりしたストーリー展開に加え王道の恋愛映画ですが、バッドエンドかハッピーエンドかは、観る人の捉え方によって違ってきます。
ラ・ラ・ランド初観賞✨
— こい (@8koi_koi8) June 26, 2019
雰囲気映画が好きな女子が「衣装可愛い〜!」って喜びそうな映画。
ストーリー、脚本は至って普通だし、なんでそんなに評価されてるのかなぁ、と正直わかりませんでした💦
でも、撮影技術は素晴らしかったです👍
ワンカットの使い方がとにかく上手い!カメラのふり方も好き👏 pic.twitter.com/EGDUjDPM9G
「ラ・ラ・ランド」は世界中で支持され沢山の賞を受賞しています。性別や年齢問わず人気がありますが、その中でも特に女性には、作中に出てくる衣装や小道具などが注目されているようです。作中のファッションなどを解析したサイトもあるほどです。
ラ・ラ・ランドのネタバレ考察まとめ
今回は、「ラ・ラ・ランドを考察!映画のラストの意味や二人が結ばれなかった理由は?」をネタバレありでご紹介してきましたがいかがでしたでしょうか?大人気作品と知られる「ラ・ラ・ランド」ですが、衝撃のラストは賛否両論で、結末に対しては観た人それぞれの思いがあるかもしれません。今回の記事でネタバレしている部分もありますが、それをふまえて細かい部分まで考察してみてはいかがでしょうか?