ブラタモリの神戸編まとめ!神戸港などのロケ地やハイカラの街の成り立ちも紹介

2017年2月に放送された「ブラタモリ」神戸編でタモリさんたちが訪れたロケ地を紹介!日本の文化と外国の文化が混じり合った独自の文化が発展する兵庫県の神戸の街。神戸の和商折衷なハイカラな文化を生み出したきっかけは、名産の「瓦せんべい」?ということで、今回は「ブラタモリ」神戸編で登場したロケ地を紹介し、神戸港が良港と言われる理由と、神戸の街でハイカラが発展した理由について迫っていきます。

ブラタモリの神戸編まとめ!神戸港などのロケ地やハイカラの街の成り立ちも紹介のイメージ

目次

  1. ブラタモリ神戸編とは?
  2. ブラタモリ神戸編のロケ地~前編~
  3. ブラタモリ神戸編のロケ地~後編~
  4. ブラタモリ神戸編のハイカラの街の成り立ち
  5. ブラタモリ神戸編の瓦せんべい
  6. ブラタモリ神戸編に関する感想や評価
  7. ブラタモリ神戸編まとめ

ブラタモリ神戸編とは?

今回は2017年2月に放送された「ブラタモリ」兵庫県「神戸編」のロケ地について紹介し、神戸港がなぜ良好と言われるようになったのか?そして神戸の街はなぜハイカラな文化が発展したのか?についてみていきます。

ブラタモリの概要

ブラタモリは、司会のタモリさんが全国各地を巡り、独自の視点からその地域に残る歴史の痕跡を見つけていく紀行番組です。2008年から10年以上続く番組で、NHK総合で毎週土曜日の7時~7時45分に放送されています。

ブラタモリ一行は兵庫の神戸の街へ

「ブラタモリ」神戸編は2017年2月18日と25日に2週連続で放送されました。撮影は兵庫県の神戸を象徴する曲線美が特徴的な建造物「ポートタワー」周辺から開始。今回はテーマは「神戸はなぜ1300年経てもなお良港なのか」です。

神戸港は開港から150年となる日本屈指の良港と言われていますが、古くは1300年前の奈良時代、朝鮮半島や中国といった大陸諸国に対して開港されていました。今回は「ブラタモリ」神戸編のロケ地について紹介し、神戸港や神戸の街がハイカラと言われる理由を紹介していきます。

ブラタモリ - NHK

ブラタモリ神戸編のロケ地~前編~

ここでは、兵庫県・神戸港や須磨浦山上遊園、布引貯水池などの「ブラタモリ」神戸編のロケ地を紹介し、神戸港が良港と言われる理由について迫っていきます。

ロケ地①メリケンパーク

まずタモリさんらブラタモリ一行は、神戸港を象徴する景観の1つとされる「メリケンパーク」に向かいました。メリケンパークには、神戸海洋博物館やホテルオークラといったリゾートホテルがあり、斬新な建造物が多いことで有名です。

ロケ地②神戸港

タモリさんらブラタモリ一行は神戸港から舟に乗って神戸ポートターミナル周辺を巡ります。ブラタモリ一行が船の通ったルートは観光客が利用する神戸ベイクルーズのコースとほとんど同じとなっています。神戸の港は古くは奈良時代、1300年ほど前には「大輪田の泊」と呼ばれ、朝鮮半島や中国といった大陸諸国に対して開港していました。

江戸時代に幕府によって鎖国政策がなされると、兵庫津(ひょうごのつ)と呼ばれるようになり、国内の交通の要として機能するようになりました。それが明治元年の前年の1868年になると、開国と同時に国際港として開かれることとなりました。神戸港の魅力はなんと言っても、近く感じる六甲の山並みです。神戸港と六甲山地は約3キロくらいしか離れておらず、港に迫る六甲の山並みは世界中の船乗りを虜にしたと言われています。

さらに、神戸港では大阪の海などに比べ水深が深く、16万トン規模の巨大な船舶も接岸できることも魅力の1つとなっています。なぜ神戸港は他の地域の海と違って水深の深さが1000年以上も保たれているのでしょうか?六甲山には大阪の淀川のように、大量の土砂を海まで運ぶ大きな川が通っていません。そのため、神戸港付近の海底は遠浅にはならず、巨大な船舶の接岸も可能なのです。

他にも船舶にとって厄介な敵である強風。神戸港では六甲山が強風を阻み、神戸港に入ってきた船舶を強風から守ってくれます。また、神戸港から南西に位置する和田岬によって、神戸港には船舶に優しい穏やかな波がもたらされます。

このように、神戸港は周辺の地形の恩恵を受けて、水深が深く強風が少ない、そして穏やかな波が魅力的な良港となっているのです。タモリさんらブラタモリ一行はそんな魅力的な良港・神戸港から船に乗り、本州と淡路島に架かる明石海峡大橋を眺めたりしながら、クルージングを楽しみました。

ロケ地③須磨浦山上遊園

神戸港を離れたタモリさんらブラタモリ一行は、須磨浦山上遊園に登るためにロープウェイに乗り込みます。ロープウェイから外を見下ろすと神戸の街が一望でき、六甲山地が意外と急峻なことに気づきます。山頂に到着すると回転展望閣という場所があり、そこには景色を見回せるようにと回転する喫茶室が設置されていました。

タモリさんらブラタモリ一行は、この場所から神戸港がなぜ良港と言われるのか?を調べていきます。淡路島の方を見下ろしてみると、六甲山地の縁辺が海に混ざり込み、淡路島と直線で結ばれることが分かります。実は、この地形は西と畿内の境をなしており、ごく限られた広さしかない平地部分に人と物が神戸港に集まってきたことが、神戸港の発展につながったと見られます。

また、ブラタモリ一行はこの地形からもともと六甲山地と淡路島は明石海峡を交点として一連だったにも関わらず、強い力がかけられたことで明石海峡のあたりを中心にしてX状の亀裂が入り、そこに海水が入り込んだことに気づきます。

そして、結果として六甲山地と淡路島の間に明石海峡が形成されたことで、海流スピードが上がり、神戸港の南西あたりに和田岬がつくられることとなりました。この和田岬によって神戸港には穏やかな波が寄せるようになり、それと合わせて六甲山地と淡路島が強風を防いでくれるため、神戸港には船舶の大敵「強風」が吹き込みにくくなりました。

ロケ地④布引貯水池

タモリさんらブラタモリ一行は次に、新神戸駅から歩いていける距離にある「布引貯水池」を訪れます。この静かな山中にも神戸港が良港と言われるヒントがあります。神戸港として開港してから、布引貯水池の水は船舶内で長期保存しても腐ることがなく、赤道を過ぎても使える水として、とても喜ばれました。どうして布引貯水池の水は船舶内で長期保存しても腐ることがないでしょうか?

それは布引貯水池の水の成分に秘密がありました。動植物やそれらの死がいなどの有機物は腐ります。一方、岩や金属は決して腐ることがありません。腐る水と腐らない水の違いは、腐る有機物を含むか含まないかの違いです。そこで、ブラタモリ一行は布引貯水池の水を採取し、腐る原因となる有機物がどれほど含まれているかを調べます。

その結果、六角山地の水には不純物があまり含まれておらず、有機物の含有量も少ないことが分かりました。さらに、水の味に影響を与えるミネラル(無機物)が適度に含まれている軟水で硬度は30mg/ℓでした。硬度300mg/ℓの水と比較してみると、その違いは一目瞭然で30mg/ℓの軟水の方が紅茶をおいしく飲めたようです。

布引貯水池などの六角山地の水が不純物をほとんど含まない理由は何でしょうか?その理由はロープウェイの上から見下ろした時に気づいたように、六角山地の急峻な傾斜にありました。六角山地を流れる川は傾斜が急であるため、流れが速く、不純物をほとんど含むことなく貯水池まで行き着きます。

さらに、自然の恩恵だけなく人工的なものも六角山地の水が不純物をほとんど含まないことに貢献しています。1908年に分水嶺堤というものがつくられました。これにより、不純物を大量に含んだ濁流が貯水池にやって来たとしても濁流を別の水路に避けて、貯水池に入れない仕組みが出来上がったのです。

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ブラタモリ神戸編のロケ地~後編~

次に、兵庫県・異人館や旧居留地、湊川隧道などの「ブラタモリ」編のロケ地を紹介し、神戸の街がハイカラになった秘密に迫っていきます。

ロケ地①異人館

後半では神戸の街に移動します。三ノ宮駅の北に歩いて10分ほどのところに、明治に開国されてすぐに開かれた港周辺には必ずつくられた異人館がありました。タモリさんらブラタモリ一行は北野の異人館「シュウエケ邸」を訪れます。「シュウエケ邸」は昔は一般公開されていた異人館でしたが、現在は公開されていません。

シュウエケ邸の屋根は日本の伝統的な製法の瓦でつくられており、デザインは英国風ですが、シャチホコが設置してあります。こういった和洋折衷も神戸のハイカラの1種とされています。

ロケ地②旧居留地

次にブラタモリ一行は三ノ宮駅から神戸の街を南西に進み、歩いて5分でオフィス街を訪れます。そこは旧居留地でかつて外国人が住んでいた地域でした。ブラタモリ一行が旧居留地の番地を確認すると、旧居留地全体の番地がランダムに振り分けられていることに気づきます。それは古地図で確認しても同じでした。これにはいったいどのような理由が存在するのでしょうか?

神戸の港の開港に関しては、朝廷のある京都から近いこともあり、慎重に判断が下されました。そのため、開港に向けて急ピッチで外国人が住む居留地の開発が進められました。そして、工事が終わった家から順次番地をつけて外国人に引き渡されていき、結果として番地がランダムに振り分けられる形となってしまったのです。この工期の延滞は、広いエリアの雑居地が許可された神戸の特徴にも繋がります。

ロケ地③新神戸駅

タモリさんらブラタモリ一行は新神戸駅に向かい、神戸の街で4番目に高い「ANAクラウンプラザホテル」というビルを訪れます。このビルから三ノ宮駅や北野周辺の外国人居留地を見下ろすと、海や六甲山地といった全方向を自然な地形に囲まれていることが分かります。

その理由としては、当時鎖国が解かれたばかりで外国人に不慣れだった日本人にとって、トラブルを防ぐためにも外国人との住み分けは必要なことであり、管理する側としても日本人の住む地域と外国人の住む地域の行き来を制限することが必要でした。

自然の地形により日本人側と外国人側の行き来を制限できる神戸の街では、その結結果として広範囲で雑居地が存在するようになりました。このことが後に紹介するハイカラ文化につながっていきます。

ロケ地④湊川隧道

湊川隧道とは、神戸と兵庫とを分断する湊川を工事で西に持ってきった水路のことです。「隧道」とはトンネルのことで、かつてはこの湊川隧道にも水が流れていました。湊川隧道の一般公開は毎月第3土曜日のみです。

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ブラタモリ神戸編のハイカラの街の成り立ち

次に、兵庫県・神戸の異人通りや旧居留地、湊川などから神戸の街の成り立ちについて紹介し、神戸の街がハイカラと言われるようになった理由についてみていきます。

成り立ち①神戸がハイカラになった理由

タモリさんらブラタモリ一行は北野の異人館通りを登っていき、風見鶏の館を訪れます。そして、普段は一般公開されていない地下室に案内されます。地下室には大きな穴がありました。それは異人館建設時に出来たものではなく、かつて農業用用水として使用されていた名残で溜池の水を抜き、その上に異人館を立てたためにできたものだと教わります。

異人館通りはかつて段々畑で、現在では素敵なお店が軒を連ねる通りも昔はあぜ道だったことを聞きます。このことから、当時、日本を訪れた外国人たちはこういった日本の他の地域を何ら変わらない農村にやって来て、異人館を建てたことが分かります。

そして、神戸の港周辺には外国人居留地が設けられていましたが、外国人たちはこうした居留地以外のエリアにも異人館を建てていきました。そのことで神戸の街では徐々に日本と西洋の文化が混じり合うようになり、日本人と外国人が共に生活する広範囲の「雑居地」が出来たのでした。

成り立ち②かつての居留地へ

タモリさんらブラタモリ一行は北野のエリアから、かつての居留地があったエリアに移動します。そこは番地がランダムに振り分けられており、それから150年が経った今でも同じ番地が使用されていました。前述のように、政府の判断の遅さから急ピッチで外国人居留地の整備が進むも、工事中に住む家がない外国人たちは居留地の完成を待てず、どんどん山の上の雑居地で暮らし始めます。

横浜などの他の港ではスケジュールに余裕を持って外国人居留地が整備されたため、雑居地が存在せず、日本人と外国人の生活スペースの住み分けが出来ていました。

本来、外国人に慣れていない不慣れな日本人と外国人の間にトラブルが起きないように、管理のしやすさから住むエリアが分けられていましたが、神戸ではこういった特別な事情から神戸の街全域に外国人が住むようになり、日本と西洋の文化が混じった和洋折衷な「ハイカラ文化」が神戸の街で発展していくことになりました。

成り立ち③天井川

ブラタモリ一行は天井川によって作られた崖に案内されます。天井川とは、洪水などの水害によって川の底と堤防がだんだん高くなり、だんだん川が民家の天井よりも上を流れるようになった川のことをそう呼びます。神戸の街に流れる天井川は「湊川」と言って、当時日本人の暮らす兵庫エリアと外国人が暮らす神戸の雑居地を分断するのに都合の良い川として機能していました。

しかし、明治も中頃になると外国人を警戒する日本人はほとんど居なくなり、それどころか商売でお互いのエリアを行き来する際に、わざわざ天井川を迂回しなければならないなど、天然の境界線として機能してきた天井川を煩わしく感じ始める人が増え始めました。そこで、政府は明治30年代に湊川の付け替えを行う大規模な工事を4年かけて行います。

こうして、日本人と外国人を分断していた天然の境界線・天井川は埋め立てられました。そのことで、神戸と兵庫の分断されていた文化が1つになり、神戸独自の日本と西洋の文化が混ざり合った和洋折衷な「ハイカラ」文化が発展していきます。

さらに、天井川の削られた堤防には「新開地」と呼ばれる商店街が作られます。「新開地」はわずか1kmながら当時としては「ハイカラ」な映画館や劇場が立ち並び、最先端の「ハイカラ」がそこでどんどん生み出されていきました。

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ブラタモリ神戸編の瓦せんべい

次に、タモリさんらブラタモリ一行が立ち寄った神戸名物の「瓦せんべい」を生産する亀井堂総本店を紹介し、神戸の街がハイカラと言われるようになった秘密に迫っていきます。

亀井堂総本店の瓦せんべい

ブラタモリ一行は神戸の街・西元町駅付近の和菓子屋「亀井堂總本店」にも行きました。そこで一行は神戸発祥の和菓子「瓦せんべい」作りを体験します。瓦せんべいの原点は、特別硬くて食べづらい「紅梅焼き」という和菓子で、それの砂糖の量を増やし、卵を加えて食べやすいお菓子にしたものが瓦せんべいです。

土地柄、神戸の街は砂糖や卵を調達しやすく、兵庫県から小麦粉も入手しやすかったため、当時としてはハイカラな瓦せんべいの大量生産が可能でした。

神戸のハイカラを生んだのは瓦せんべい?

そんなタモリさんらブラタモリ一行が手作り体験をした瓦せんべいは、ハイカラ文化を生んだとも言われています。瓦せんべいの人気に伴い、「新開地」で消費される小麦粉の量が増加し、小麦粉の工場が兵庫に作られます。その結果、神戸の街では瓦せんべいだけでなく小麦粉を作ったケーキなどの洋菓子づくりも盛んになり、神戸の街から日本各地に洋菓子が伝わっていったそうです。

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ブラタモリ神戸編に関する感想や評価

ここまで「ブラタモリ」神戸編で登場したロケ地を紹介し、神戸港が良港と言われる理由や神戸の街でハイカラな文化が発展した理由に迫ってきました。次に、そんな「ブラタモリ」神戸編に関する視聴者の感想や評価を紹介していきます。

こちらは「ブラタモリ」神戸編に関するツイートです。「ブラタモリ」神戸編で六甲山地の凄さが分かり、面白かったという感想です。

こちらのツイートも「ブラタモリ」神戸編が面白かったという感想です。また「ブラタモリ」神戸編を見て、神戸の水が赤道を超えても腐らない良質な水であることを初めて知ったそうです。

こちらも「ブラタモリ」神戸編に関するツイートで、和田岬が神戸港にとって重要な役割をしていることを知ったそうです。また「ブラタモリ」神戸編を見て、改めて神戸の街が好きになったそうです。

こちらも「ブラタモリ」神戸編に関するツイートです。「ブラタモリ」神戸編では、地元民でも知らない神戸の知識が盛りだくさんで、ブラタモリの偉大さを知ったそうです。特に、和田岬が神戸港にとって重要な役割をしていた頃を初めて知ったようです。

こちらのツイートも「ブラタモリ」が凄いという感想です。日本人の生活する兵庫と外国人の生活する神戸が天井川で分断されており、旧湊川を更地にしたことで兵庫と神戸の2つの街の文化が融合した「新開地」になったこと、神戸市の市章が兵庫と神戸の融和を表すことを「ブラタモリ」神戸編を見て初めて知ったそうです。

こちらも「ブラタモリ」神戸編に関するツイートで、関西ローカルの番組でさえも注目しない湊川に着目した「ブラタモリ」が良い番組だという感想です。

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ブラタモリ神戸編まとめ

いかがでしたか?2017年2月に放送された「ブラタモリ」の神戸編のロケ地についてみてきました。神戸港や須磨浦山上遊園、布引貯水のロケ地から、神戸港は六甲山地を流れる川のおかげで水深が深く、六甲山地と淡路島によって強風が阻まれ、和田岬のおかげで穏やかな潮の流れであることなど、神戸港が良港と言われる理由をみてきました。

また、旧居留地や旧湊川のロケ地や瓦せんべいから神戸の街の成り立ちを紹介し、神戸の街でハイカラな文化が発展した理由をみてきました。皆さんもぜひ、タモリさんらブラタモリ一行が訪れた神戸港や神戸の街のロケ地を巡り、神戸の街の地形や歴史を感じてみてはいかがでしょうか?

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