2019年06月07日公開
2019年06月07日更新
嵐が丘のあらすじをネタバレ紹介!世界三大悲劇の名作を結末まで解説
名作映画「嵐が丘」のあらすじを結末までネタバレ解説します。「嵐が丘」のキャストや名言も紹介。「嵐が丘」はイギリスの作家エミリー・ブロンテ原作の映画。その激しくも破滅的なストーリーから世界三大悲劇の一つと言われています。あらすじは、人里離れた裕福な屋敷に孤児の少年ヒースクリフが引き取られます。彼は屋敷の令嬢キャサリンと恋に落ちますが、身分の違いから結ばれません。そしてヒースクリフの恐ろしい復讐が始まります。今もなお人々を惹きつける魅力を詳しく解説します。
映画『嵐が丘』とは?
『嵐が丘』はエミリー・ブロンテ原作のロマンス映画です。世界三大悲劇と名高い『嵐が丘』はこれまで漫画、テレビドラマ、舞台など様々なメディア展開がされ、7度も映画化されています。本記事では、今もなお愛される1939年のウィリアム・ワイラー版『嵐が丘』のあらすじを結末までネタバレ解説します。ここではまず『嵐が丘』の基本情報を見ていきましょう。
映画『嵐が丘』の基本情報
『嵐が丘』の最初の映画は、1939年に公開されました。制作会社はユナイテッド・アーティスツ(現:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)です。音楽は『イヴの総て』や20世紀フォックスのファンファーレを作曲したことで有名なアルフレッド・ニューマンです。本作はアカデミー撮影賞を受賞しました。
監督はウィリアム・ワイラー
『嵐が丘』の監督はウィリアム・ワイラーです。1902年7月1日、ドイツ帝国領ミュールハウゼン生まれ。母方の親戚にユニバーサル・スタジオ社長のカール・レムリがいたことから映画界に入り、18歳で渡米します。雑用係を経て、1925年頃に映画監督デビューしました。代表作は『嵐が丘』の他に『ローマの休日』『我等の生涯の最良の年』『メンフィス・ベル』など。
映画『嵐が丘』の予告編
『嵐が丘』の予告編動画です。荒野を無邪気に走り回っていたキャシーとヒースクリフ。二人は成長し、身分の差に引き裂かれます。キャシーは上流階級の男性と結婚。復讐のため舞い戻ったヒースクリフは、キャシーの義妹と結婚しようとします。彼を止めようとするキャシー。二人の悲劇はどのような結末を迎えるのでしょうか。本記事ではネタバレを元に解説します。
『嵐が丘』の原作小説
『嵐が丘』の原作者はイギリスの小説家エミリー・ブロンテです。エミリー・ブロンテはどのような作家で、どのような生涯を送ったのでしょうか。この項目では、今も色褪せない傑作悲劇を書いたエミリー・ブロンテについて解説します。
作者はエミリー・ブロンテ
エミリー・ブロンテは1818年7月30日、イングランド北部ヨークシャーのソーントンで生まれました。姉シャーロットは『ジェーン・エア』、妹のアンは『ワイルドフェル屋敷の人々』を発表した小説家で、三人は「ブロンテ姉妹」と呼ばれ世界的に有名です。当時は女性作家への偏見が根強く、エミリーは「エリス・ベル」というペンネームを使っていました。『嵐が丘』は彼女が執筆した唯一の長編小説です。
エミリー・ブロンテは第5子として生まれました。父は司祭で、一生のほとんどを牧師館で過ごしました。幼い頃から兄弟姉妹と物語を書くことを好みました。『嵐が丘』の情熱的な作風と裏腹に性格は内気でした。荒野が好きで、家族以外とは人付き合いをしないタイプだったと言われています。
世界三大悲劇の1つ
『嵐が丘』は『リア王』『白鯨』と並んで世界三大悲劇の1つと呼ばれています。この三大悲劇を選んだのは、1920年代に東京大学で教鞭を執っていたイギリス人評論家のエドマンド・ブランデンといわれています。多くの人に愛される『嵐が丘』ですが、出版当時はその複雑な構成とセンセーショナルな内容が酷評され、エミリーが30歳で早逝した後から高く評価されました。
映画『嵐が丘』のあらすじネタバレ
あらすじ①古い館『嵐が丘』
19世紀中頃、イギリス北部・ヨークシャーの荒野に「嵐が丘」と呼ばれる古びた館がありました。ある吹雪の晩。道に迷ったロックウッドという紳士が嵐が丘にたどり着きました。そこには陰気な主人ヒースクリフと、妻のイザベラ、使用人のネリーが住んでいました。
ロックウッドは一晩、嵐が丘に泊まることとなりました。すると窓の外からキャシーと名乗る女の声が聞こえてきます。驚いてヒースクリフを呼ぶと、彼はキャシーの名を呼びながら猛吹雪の中へと飛び出していきました。ロックウッドはネリーから嵐が丘の因縁の物語を聞きます。
あらすじ②幼い頃の2人
40年前、嵐が丘は明るくにぎやかな館でした。ある日、館の主人アーンショーが一人の孤児を連れ帰りました。優しく慈悲深いアーンショーは、孤児をヒースクリフと名付け養子に迎え入れました。長男のヒンドリーは不愉快に感じ、彼に冷たく当たります。一人娘のキャシーはヒースクリフと熱烈に惹かれ合い、ともに仲睦まじく遊んでいました。
あらすじ③『嵐が丘』を去るヒースクリフ
ある日、アーンショーが病で息を引き取ります。ヒンドリーは館の新たな主人となり、家族だったヒースクリフを使用人として労働させます。キャシーは社交界への憧れを強め、ついに裕福なエドガーからプロポーズされます。心の底ではヒースクリフを愛しながら、身分の違いから一緒になれないキャシー。ヒースクリフはショックを受け館を去ります。キャシーはエドガーと結婚します。
あらすじ④戻ってきたヒースクリフ
ヒースクリフは、金持ちの紳士となって嵐が丘に戻りました。そして彼の復讐が始まりました。ヒースクリフはまずギャンブル中毒になったヒンドリーの財産を奪い、嵐が丘の主となりました。そしてエドガーの妹イザベラに近づきました。キャシーはイザベラにヒースクリフと離れるよう告げますが、二人は結婚しました。
映画『嵐が丘』の結末ネタバレ
結末ネタバレ①キャシーの本心を知るヒースクリフ
ヒースクリフとイザベラの結婚から数か月後。イザベラは愛のない夫婦関係に気付き始めていました。一方、傷心のキャシーは重い病気にかかります。病床のキャシーの元に駆けつけたヒースクリフは、彼女と口づけを交わしました。キャシーはヒースクリフに愛を告げ、荒野で待つと言って息を引き取りました。
結末ネタバレ②ようやく結ばれた2人
ネリーの話は終わりました。キャシーの死後も、ヒースクリフは嵐が丘に残ったのです。彼はキャシーの魂に苦しめられることを望んでいました。医者が嵐が丘にやってきて、ヒースクリフが女と丘を登って行くのを見たと告げます。ヒースクリフは死んでいました。ネリーは、二人はやっと結ばれたのだと語りました。こうして物語は幕を閉じます。
映画『嵐が丘』のキャスト
キャスト①キャシー/マール・オベロン
ヒースクリフとの愛に葛藤するキャシーを演じたキャストは、マール・オベロンです。生年月日は1911年2月19日。インドのボンベイで、イギリス軍人の父とインド人の母との間に生まれました。『ヘンリー八世の私生活』のアン王女役で映画デビュー。代表作に『ドン・ファン』『この三人』『デジレ』などがあります。
キャスト②ヒースクリフ/ローレンス・オリヴィエ
キャシーへの愛憎に苦しむヒースクリフを演じたキャストは、ローレンス・オリヴィエです。1907年5月22日、イギリス・サリー州に生まれました。17歳でロンドンの演劇学校へ入学。主に舞台で活躍後、1930年に『The Temporary Widow』で映画デビュー。『レベッカ』『黄昏』『探偵スルース』などに出演しました。
ハリウッドの黄金期に活躍し、1947年に英国からナイトの称号を与えられました。私生活では『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リーと結婚していたことで有名です。自ら監督・主演を務め『ハムレット』『ヘンリィ五世』などシェイクスピア劇を映画化しています。
キャスト③エドガー・リントン/デヴィッド・ニーヴン
キャシーの夫となるエドガーを演じたキャストは、デヴィッド・ニーヴンです。1910年3月1日生まれ、イギリス・ロンドン出身です。陸軍士官学校を卒業し、軍人、ウェイターなど様々な職を経験したあと俳優デビュー。代表作は『八十日間世界一周』など。『007/カジノロワイヤル』ではジェームズ・ボンドを演じましたが、原作者イアン・フレミングは執筆の際に彼をボンドのモデルにしたと言われています。
キャスト④イザベラ・リントン/ジェラルディン・フィッツジェラルド
ヒースクリフと結婚するイザベラを演じたキャストは、ジェラルディン・フィッツジェラルドです。1913年11月24日生まれ。アイルランド・ダブリン南部ウィックロー州出身です。1932年、地元ダブリンの劇場で女優デビューしました。出演作に『愛の勝利』『ラインの監視』『レーチェル レーチェル』など。
キャスト⑤エレン・ディーン/フローラ・ロブソン
嵐が丘を見守る女中エレン(愛称ネリー)を演じたキャストは、フローラ・ロブソンです。1902年3月28日生まれ。イギリス・ダラム出身です。1921年に舞台デビュー。1931年から英国とハリウッドの両方で重要な作品に参加しました。代表作は『タイタンの戦い』『シー・ホーク』『無敵艦隊』などです。1952年に大英帝国勲章を授与されました。
キャスト⑥ヒンドリー・アーンショー/ヒュー・ウイリアムズ
ヒースクリフに復讐されるヒンドリーを演じたキャストは、ヒュー・ウイリアムズです。1904年3月6日生まれ。 イングランド・サセックス州ベクスヒル=オン=シー出身です。王立演劇学校で学び、俳優デビュー。出演作に『理想の夫』『戦闘機失踪』などがあります。劇作家としても成功を収めました。
キャスト⑦ケネス医師/ドナルド・クリスプ
ヒースクリフとキャシーの霊を目撃するケネス医師を演じたキャストは、ドナルド・クリスプです。1882年7月27日生まれ。イギリス・ロンドン出身です。初期はグランドオペラの歌手、舞台監督として活動していましたが、DWグリフィスと出会い映画の世界に転向。名脇役として多くの作品に出演し、映画監督としても活躍しました。代表的な出演作に『國民の創生』『わが谷は緑なりき』などがあります。
映画『嵐が丘』の名言
名言①『悪い人たちを罰するのは…』
ここからは『嵐が丘』の名言をご紹介します。「悪い人たちを罰するのは神様の役目だよ。私たち人間は許すことを覚えなくちゃ」(『嵐が丘』から引用)ヒンドリーに虐げられ復讐を誓うヒースクリフに、キャシーがかける言葉。結果的にヒースクリフは復讐の心を燃やし、アーンショー家の人々を不幸にしました。そして結末では自分自身も破滅したのです。ヒースクリフの運命を予期したかのような名言です。
名言②『私のエドガーへの愛は…』
「私のエドガーへの愛は森の枝の葉のようにうつろうものですが、ヒースクリフへの愛は地底の巌のように永遠なんです」(『嵐が丘』から引用)こちらもキャシーの名言です。キャシーはヒースクリフを「彼は私自身」と言うほど愛していました。身分の違いゆえヒースクリフと結ばれることはありませんでしたが、キャシーの内に秘めた深い愛情が伝わってくる名言です。
名言③『私とヒースクリフが…』
「私とヒースクリフがいっしょになれば乞食になるしかないのです」(『嵐が丘』から引用)幼い頃から惹かれ合い愛し合っていたキャシーとヒースクリフ。しかし孤児でヒンドリーの下僕となったヒースクリフと結婚すれば、貧しい生活を送ることは目に見えています。キャシーはリスクを負うことができませんでした。金銭的豊かさと愛情の間に揺れる女性の、普遍的な悩みを語った名言です。
映画『嵐が丘』に関する感想や評価
感想や評価①:名言が多い
めちゃくちゃ面白い。ラスト一気に狂気が駆け出してて最高。イザベラが結婚したところから名言マシーンになってしまう
— 烏 (@karasuTX) May 29, 2019
嵐が丘(字幕版) https://t.co/MRMLGXXC5o
ここからは『嵐が丘』を観た人たちの感想や評価をご紹介します。最初の感想は「名言が多い」というものです。1939年の作品ながら、現在にも通用する名言が豊富な悲劇『嵐が丘』。キャシーとヒースクリフの名言を通して、愛や人生について考える人たちが多く見られました。
感想や評価②:ローレンス・オリヴィエに引き込まれる
終盤まで「嵐が丘」観たんだけど、ローレンス・オリヴィエに引き込まれ過ぎた。
— ガザC (@GAZA_C_Nijinsky) August 25, 2016
「マラソンマン」でもそうだったけど、年齢を重ねても素晴らしい存在感だった。
映っているだけで、観ているだけで人間味に引き込まれる。
そんな俳優さんが好き。
次の感想は「ローレンス・オリヴィエに引き込まれ過ぎた」というものです。オリヴィエは20世紀を代表する俳優として称賛されており、イギリスでは彼の名を冠した「ローレンス・オリヴィエ賞」が毎年授与されているほどです。そんな名優ローレンス・オリヴィエの演じるヒースクリフに魅了される人たちが見られました。
感想や評価③:感動して泣いた
1939年米ワイラー監督の映画「嵐が丘」
— ヒメシャラ (@1952hikari96) August 5, 2017
悲劇じゃないと思った。
ヒースクリフとの愛を確かめられた、キャシーは彼に抱かれて死んだ。
泣いた💧💧💧
最後に紹介するのは、『嵐が丘』の結末についての感想です。二人は一見すると悲劇的な結末を迎えましたが「悲劇じゃないと思った」という感想がありました。二人の仲を引き裂いたのは階級社会でした。もし現在のイギリスが舞台なら、二人は自由に恋愛をして結ばれていたかも知れません。死後の世界でやっと一緒になった二人を幸せに思う感想でした。
映画『嵐が丘』についてまとめ
今回は名作映画『嵐が丘』のあらすじを結末までネタバレを含めて解説しました。あらすじネタバレは、アーンショー家に養子として迎えられたヒースクリフが、娘のキャシーと愛し合います。しかしキャシーは別の男と結婚し、ヒースクリフは復讐に燃えます。結末ネタバレは、キャシーが病気で死亡。ヒースクリフはその40年後に彼女の亡霊を追って亡くなり、ようやく結ばれるという悲劇でした。
『嵐が丘』の原作者はエミリー・ブロンテ。本作は彼女が唯一書き残した長編小説でした。『嵐が丘』ローレンス・オリヴィエを筆頭に豪華キャストが出演していました。また、いつの時代にも通じる名言が数多く登場する映画でした。本ネタバレ記事を読んで『嵐が丘』に興味を持った方は、この機会に是非本編をご覧ください。