2018年09月03日公開
2020年12月01日更新
僕だけがいない街の実写映画版の評価がひどい?キャストやあらすじ・感想をネタバレ
連載中から高い評価を集めて絶大な人気を誇ったミステリー漫画僕だけがいない街。ミステリーという実写映画化しやすい題材である事も後押しして、実写映画化されています。その評価などを見てみるとあれだけ高い評価を集めていた漫画を原作にしているとは思えない程ひどいという評価が目立ちます。どうしてそのような評価になってしまったのでしょうか?今回は僕だけがいない街の実写映画版のキャストやあらすじにネタバレ有りで触れながら感想などを紹介していきます。
目次
僕だけがいない街の実写映画版の評価がひどい?あらすじや感想もネタバレ紹介!
マンガ大賞など数々のマンガ賞を受賞し、高い評価を集めたミステリー漫画、それが僕だけがいない街です。ミステリーという実写映画化しやすい題材という事もあって連載中に映画化が発表され放映されました。しかしそれだけヒットした漫画を原作にしているにも関わらず映画版の僕だけがいない街の評価はひどいと言われています。
今回は僕だけがいない街の映画版のあらすじやキャストなどをネタバレ有りで紹介しながら映画版の評価などを紹介していきます。
僕だけがいない街とは?
まずは原作コミックを含む僕だけがいない街がどのような作品なのかをネタバレ有りで紹介していきます。
原作コミックを持つ実写映画作品
僕だけがいない街は元々、漫画家の三部けいさんが角川書店系列の漫画雑誌ヤングエースで連載していた漫画が原作になっています。ミステリーであり、タイムリープものという比較的汎用的なテーマを用いながらも緻密に練られた伏線、各所に散りばめられた名言の数々で人気を集めました。2012年から連載を開始し、2016年に全9巻で既に完結しています。
その高い人気と扱いやすい題材でアニメ化、小説化、ドラマ化などマルチメディア展開されていますが、それらもマルチメディア化に先駆けて行われたのが今回紹介する実写映画化です。公開されたのは2016年3月19日とほぼ原作コミックの完結に合わせて公開された形になっています。
映画オリジナルの展開
公開されたのは原作がコミック完結のタイミングですが、そうなれば当然製作される時点では原作はコミックでの完結が分からない状態で製作される事になります。そのような経緯から、序盤から中盤にかけては概ね原作のエピソードを追い掛ける形で展開されながら終盤には映画オリジナルの解釈を加えた上で映画版オリジナルのエンディングを迎える形になっています。
ネタバレすると具体的には、主人公悟の2回目のリバイバル終了後以降の展開は完全にオリジナルです。もちろん厳密に言えばそれ以前の物語からもいくつかのエピソードがカット、或いは完全に映画オリジナルに改変されています。映画化の後に発表されたアニメも1クール12話で構成された事を考えれば2時間の映画に収める為にはある程度このような処置がされる事は予想されていました。
監督は平川雄一朗さん
僕だけがいない街実写映画版の監督を務めたのは平川雄一朗さんです。アシスタントとして実績を積んだ後、ドラマ演出家、映画監督として活動しています。初の演出を務めたのは2003年にTBS系列で放送された「StandUp」でした。以降もTBS製作の作品を中心に「世界の中心で、愛を叫ぶ」「セーラー服と機関銃」「JIN-仁」などで演出、監督を行っています。
2007年に「そのときは彼によろしく」で映画監督を務めるようになると、映画監督としても「ROOKIESー卒業ー」や「ラブコメ」などを指揮してきた実績を持っている映画監督です。
僕だけがいない街の実写映画版キャストを紹介!
ここからは僕だけがいない街の実写映画版に出演した代表的なキャラクターのキャスト、演じたキャラクターと共にを紹介します。
藤沼悟(青年期)のキャストは藤原竜也さん
僕だけがいない街の主人公は藤沼悟という青年です。物語開始当初の時点では売れない漫画家をしながらピザ屋でアルバイトをして生計を立てていました。作中で行われるタイムリープ「リバイバル」は彼によって名付けられた不思議な能力という事になっています。この漫画家という設定が、原作ファンには「作者三部けいの経験談では?」と言われるような事にもなっています。
そんな藤沼悟を演じたのが俳優の藤原竜也さんです。テレビドラマ、映画、舞台、吹き替えとマルチに活躍する俳優さんで、主人公を演じる経験も豊富です。また僕だけがいない街の公開前後に演じた役がいわゆる「ダメ男」なキャラクターが多くなった事でそういうイメージも付いていると言われています。
藤沼悟(少年期)のキャストは中川翼君
僕だけがいない街は主人公悟が持つ、「リバイバル」によって過去に戻る事がありますが、作中では18年前の小学生時代にまで戻る形で物語が展開されます。もちろん小学生時代を藤原竜也さんが演じるわけにはいかないので子役を立てる形になっています。
藤原竜也さんの少年時代という形で小学生時代の藤沼悟を演じたのが子役の中川翼君です。2015年に子役としてデビューすると数々の俳優さんの少年期という形でドラマや映画で活躍しています。近年では映画「覆面系ノイズ」榊桃の幼少期役やドラマ「おんな城主直虎」で後の今川氏真となる龍王丸を演じています。
片桐愛梨のキャストは有村架純さん
僕だけがいない街の1つの特徴と言えるのが青年期と少年期にそれぞれヒロインが登場する事です。青年期のヒロインと言えるのが片桐愛梨です。ピザ屋でアルバイトをする悟の後輩で密かに悟に憧れており、悟が警察に追われている時にそれを知った上で匿うなど非常に協力的かつ行動的なキャラクターです。
そんな片桐愛梨を演じたのが女優の有村架純さんです。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」にて小泉今日子が演じたヒロインの母親の青年時代を演じ注目を集めると以降、主演ドラマや主演映画を増やし、紅白歌合戦の司会に選ばれるなど活躍しています。
雛月加代(少女期)のキャストは鈴木梨央さん
青年期のヒロインが片桐愛梨なのに対し、少年期のヒロインが雛月加代です。加代は悟が少年時代に連続児童殺人事件にあい、死んでしまった子でした。悟は加代を連続児童殺人事件から守る事こそが運命を変えると信じ行動する事になるのです。
そんな雛月加代を演じたのが子役として活躍する鈴木梨央さんです。2010年に自らオーディションを受けて子役となると2013年に「八重の桜」で主人公を演じる綾瀬はるかさんの幼少期を演じて注目を集めました。その後もドラマ、吹き替え声優として活躍しています。子役とは思えない演技力の高さでドラマ・オブ・ザ・イヤー2014にて新人女優賞を受賞しています。
雛月加代(成人期)のキャストは森矢カンナさん
リバイバルの結果、加代が無事に生き残った事で悟が元の時代に戻ると大人になった加代がお見舞いに来ているシーンがあります。「お見舞いに来る」という点では原作と同様ですが、映画版ではここから展開が変わる重要なポイントでもあります。
そんな大人になった加代を演じたのが森矢カンナさんです。僕だけがいない街に出演した際には森カンナという芸名で活動していましたが、以降に森矢カンナと改名しています。2007年に芸能活動を開始すると、特撮や警察物などに出演して実績を重ねている女優さんです。
八代学のキャストは及川光博さん
悟の小学生時代の担任教師であり、その実教師の皮をかぶった連続児童誘拐殺人事件の犯人でもあるのが八代学です。映画版でも展開などは異なりますが、真犯人である事には違いはありません。また青年期にも少年期にも登場するキャストの中ではどちらも同じキャストが演じるキャストの1人です。
八代学を演じたのは俳優の及川光博さんです。ミュージシャンとしても活躍する一方で俳優としても精力的に活動しており、「ミッチー」の愛称で知られています。俳優としては特にドラマシリーズ「相棒」にてseason8より2代目相棒・神戸尊役を演じた事でも知られています。裏表あるキャラクターである八代学の裏の顔を見せるシーンの笑みはそれだけでも見る価値があると言われる名シーンです。
藤沼佐知子のキャストは石田ゆり子さん
悟の母親で悟が小学生時代にリバイバルするきっかけとなるのが佐知子です。原作では北海道の方言を多用するキャラクターであり、悟も佐知子と話す時だけは方言に戻るなどしていました。多くの改変が行われている映画版ですが、佐知子は原作と同様にリバイバルされた未来ではしっかり生存しています。
そんな佐知子を演じたのが女優の石田ゆり子さんです。1987年に女優としての活動を始めて以来、「101回目のプロポーズ」「Drコトー診療所」などのドラマを中心に活躍しています。映画版を視聴した人からはどちらかと言えば少年期に合わせたキャスティングであると言われる程に若々しい演技と、佐知子っぽさを演出する為の北海道の方言で高い評価を集めています。
僕だけがいない街の映画あらすじをネタバレ紹介!
ここからは映画版僕だけがいない街の冒頭、悟が最初に小学生時代にリバイバルし、青年期に戻ってくるまでのあらすじをネタバレ有りで紹介していきます。
悟の持つ不思議な能力「リバイバル」
僕だけがいない街の重要な要素であるリバイバル、ネタバレするとそれは主人公藤沼悟が持つ、「直後に起こる悪い事の原因が取り除かれるまでタイムリープを繰り返す」という能力です。しかしこの能力は自発的に発動する能力ではなく、周囲に起こる出来事に合わせて発動していしまう能力でした。悟がピザ屋のバイトとして配達に向かう際にこのリバイバルが起こってしまうのです。
悟が違和感を探すと、通行中のトラックの運転手が気を失っており、操縦不能になっており、そのトラックが小学生を轢いてしまうという事故が起こっていました。悟は事前に小学生に接触する事で事故を防ぎます。悟はこのようにリバイバルに巻き込まれながらも生活を送っているのです。
しかしこのリバイバルは原作の悟いわく「マイナスをプラマイ0にする能力」でしかなく同時に自身にとっては「マイナス」になってしまう場合もあるのです。実際にこのリバイバルによって小学生は救われますが変わりに悟が事故に合う事になってしまうのです。
リバイバル再び!誘拐未遂事件
事故自体は非常に大きな物でしたが悟は奇跡的に目立った外傷はありませんでした。しかし事故が事故という事で入院している所で、同じピザ屋でバイトする愛梨がお見舞いに来るなど交流を深めます。そして退院した悟がアパートに戻ると地方に住む母佐知子が悟の事故の知らせを受けて訪ねてきていました。悟の無事を確認すると東京観光をしていくという佐知子は悟のアパートに居候する事になります。
休日、悟は佐知子と共にショッピングセンターを訪れます。そしてそこでまたリバイバルに巻き込まれてしまいます。何度もリバイバルを経験している悟をもってしても今回のリバイバルの原因を掴めずに佐知子に「何か違和感がないか」と訪ねます。佐知子の目に中年男性と小さな女の子の姿が写ります。佐知子の視線に気づいた中年男性が逃げ出した事でリバイバルは終了する事になります。
無事にリバイバルを抜けて再び日常生活に戻るはずでしたが、平穏な日々は訪れませんでした。悟が留守で佐知子が1人でいる隙を狙ってアパートに不審人物が上がり込んでくるのです。不審人物と揉み合いになった佐知子は包丁で一突きされてしまいます。そこに悟が帰ってきました。血まみれで倒れる佐知子に同様する悟。そして犯人によって悟が犯人になってしまうような状況を作られてしまうのです。
小学生時代に戻る悟!
佐知子殺しの犯人として警察に追われる事になる悟。数名の警官に追い込まれる事になり、あわや逮捕されるというタイミングでリバイバルが起こります。そしてリバイバル先はこれまでのような数分前のような直近ではなく、自身の小学生時代でした。悟はこれまでのリバイバルの経験から、この時代に地元で起こった「連続児童誘拐殺人事件」が巡り巡って佐知子の死に繋がっているのではと考えるようになります。
悟は連続児童誘拐殺人事件を防ごうとその事件の被害者である雛月加代に近付きます。最初は心を閉ざしている加代ですが、悟の献身により徐々に心を開いていきます。加代と仲良くなる事に成功した悟は事件によって誘拐された「運命の日」が加代の誕生日である事を知り、誕生日会を開催しそこに加代を呼び出す事で事件を防ごうとします。結果的に「運命の日」に加代を守る事に成功します。
しかし翌日、加代の姿は学校にはありませんでした。加代は本来の「運命の日」には誘拐されなかったものの翌日には誘拐されてしまったのです。悟の今回のリバイバルでは「加代が誘拐される日をズラす」事しかできなかったのです。そうして悟がリバイバルに失敗した事を自覚するとリバイバルが終了し、悟は青年期に戻ってきます。
僕だけがいない街の映画主題歌とは?
主題歌は「Hear 〜信じあえた証〜」
僕だけがいない街は映画化に際して主題歌が付けられています。僕だけがいない街の映画版の主題歌は「Hear 〜信じあえた証〜」という曲です。作詞濱名琴さん、作曲野間康介さん、編曲百田留衣さんと言う構成で作られた曲となっています。作曲を務めた野間康介さんはそれまでも多数のアーティストに楽曲提供などをしていると同時にライブサポートなども行う有名なミュージシャンです。
歌ったのは新人の栞菜智世さん
そして実際にHear 〜信じあえた証〜を歌ったのが栞菜智世さんです。第39回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを獲得した事で芸能活動を開始、現在まで基本的には歌手として活動をされています。歌手としてのデビューは2016年「Hear 〜信じあえた証〜」が初であり、このデビュー作がいきなり映画僕だけがいない街の主題歌となる事になったのです。
僕だけがいない街の映画の舞台となった場所は?
原作では「不明」とされながらもバレバレの舞台
僕だけがいない街は現実世界を舞台としていますが、一応登場する都市などは明確には表現されていません。東京、北海道とぼんやりとしたイメージが示されるだけになっています。原作巻末の作者三部けいさんによるコメントでも「明言はしない」とされています。しかし、実際にある風景をそのまま描くなどしているので、実際にはネタバレしているも同然である事を作者三部けいさんも認めています。
その場所が三部けいさんの地元である北海道苫小牧です。少年時代の風景やイメージを元に背景を描いています。また時代を遡っている事を示す為に現在は取り壊されてしまったけど当時あった物を再現するなどその細かな描写に合う現実味のある舞台設定がなされています。
映画僕だけがいない街のロケ地は?:少年編
この情報自体は原作コミックでも比較的早い段階で触れられている内容ではありましたが、残念ながら映画の撮影は苫小牧を利用しては行われていません。これは公式に発表されている情報ではありませんが、実際に撮影する現場が目撃されるなどしているので間違いありません。苫小牧が舞台となる少年時代のロケ地となったのは長野県伊那市という場所です。
ちなみに学校に通うシーンなどでは実際に撮影が行われた伊那市率伊那小学校に通っている生徒や保護者、現役の教師達にエキストラとして出演したようです。その他のシーンでは一部伊那市外での撮影もあったようですが、中心となったロケ地は伊那市である事は間違いないようです。
映画僕だけがいない街のロケ地は?:青年編
ちなみに青年期の舞台は原作コミックでは東京ですが、こちらも映画版のロケ地は東京ではありません。茨城県笠間市でロケを行っている現場が目撃されています。特に悟が最初に事故に合うシーンなどはかなり大がかりな撮影だったようでその規模から複数の目撃者がいるようです。
僕だけがいない街の実写映画を観た人の評価はひどい?感想を紹介!
あらすじやキャスト、ロケ地を紹介した所で、いよいよ本題となる評価、感想についてネタバレ有りで紹介していきます。高い評価を集める漫画を原作としながらひどいという声が目立ちますが、実際の所はどうなのでしょうか?
キャスティングが凄い!特に子役2人の演技は最高
録画してあった映画『僕だけがいない街』を観ました。キャストも良いし、ラストまでは脚本も良かったのですが、まさかのラストでした。原作アニメ(大元はコミック)とは異なり、まさか主人公が死ぬとは思いませんでした。なんか残念な後味です~。(^_^;)
— 岡本賢治 (@KenOkmt) December 9, 2017
僕だけがいない街の映画版はひどいという評価ももちろんありますが、好評な部分もあります。その代表的な部分がキャスティングです。藤原竜也さんや有村架純さんはもちろん、重要なキャラクターを演じる事になる及川光博さんや石田ゆり子さんの演技は見事にそのキャラクターに入り込んでいます。特に石田ゆり子さん演じる佐知子は方言が強いキャラクターながら違和感のない程に方言を使いこなしていました。
さらに評価を集める事になったのが中川翼君と鈴木梨央さんの2人です。中川翼君演じる悟は見た目は子供ですが、精神上は大人というキャラクターですし、鈴木梨央さんが演じる加代は心を閉ざしている場面や虐待を受けるシーンなどどちらも演じるのが難しいキャラクターであるとして子役に演じられるのかと疑問視される声が大きかったようです。しかしその前評判を覆す程の演技だったと高い評価に繋がっています。
実写映画版ではどうしても俳優の色が出やすくなってしまいますが、それぞれの俳優さん、子役も含めてしっかりとそれぞれのキャラクターに入り込んでいる為に違和感がなく話がスムーズに入ってきたという評価は多く、キャスティングに対してはひどいという評価は見られませんでした。
概ね原作通りの展開!
今更になって僕だけがいない街の映画版見たんだけど最後以外はまあ面白った
— ネコ07 (@07Xeo) September 2, 2018
色々と思うことはあるけどそれ以上に子役の子たちが良かったわ
序盤から中盤までにかけてはほぼ原作通りに展開される事も高評価に繋がっています。どうしても漫画原作の実写映画は序盤から大きな改変が目立ち、原作を知ってるファンからは失望の声が強く、また原作を知らない人からは、話が薄くなって分からないという評価を集めがちですが、僕だけがいない街の場合はミステリーという事もあって、多くの部分を原作に忠実に再現しています。
それによって原作ファンにとっては違和感を感じる事なく物語を見ていく事ができ、原作を知らなくても話をしっかり理解できる構成になっているのです。もちろん、エピソードを細かく見ていけば変更点や完全なるカットなどがないわけではありません。しかしそれらの省略部分も事件を解決するという観点においては無くても成立する事からカットされているという印象が多いようです。
僕だけがいない街は作品全体で1つの事件を追うタイプのミステリー作品である事から、漫画の途中までを映画化という事ができない作品です。全体を描かなければならないのにここまで細かく描かれている事は意外だったという声も多いです。もちろん一部にはカットされたこのシーンは欲しかったというような声もありますが、少なくとも中盤までの展開にはひどいという評価は見られません。
オリジナル部分は完全に改悪①:それまでの展開との矛盾点の多さ
僕だけがいない街がひどいと言われる評価の多くは終盤以降に展開される原作漫画の展開とは大きく改変されたオリジナル部分です。ネタバレすると悟が2回目のリバイバルを終えた後以降の展開に関してはまさに改悪と言われ、ひどいという評価が集中しています。そのひどいと言われる筆頭が、「それまでの展開との矛盾点の多さ」です。
続いて「僕だけがいない街」を観賞。引き込まれて一気に観てしまった。後半、ロジックが破綻というかよく分からなくなってる部分もあるが、大した瑕疵じゃない。ストーリーやセリフに多くのメッセージが込められている。有村架純と石田ゆり子は最高。夏休みにピッタリの映画です笑。
— 猪谷伸臣 (@igaya_pyon) August 10, 2016
2回目のリバイバルを終えた悟は本来愛梨が来ていたお見舞いに加代が来ている所から展開が変わります。さらにリバイバル前は売れない漫画家だったはずの悟は漫画家として順調にステップを踏んでいるように見られる事、さらに愛梨との面識も無くなるなど、リバイバル前とは大きく物語に違いが生まれています。悟が入院していた理由も不明になるなど、それまでの展開は何だったのかと言えるような状態になるのです。
原作での悟は植物状態だった為に記憶がないというのは説明ができますが、映画版での悟は入院の理由も不明なら植物状態でもなくまた漫画家としてある程度成功しているような描写から見ても、悟の記憶にはないけど悟が活躍していたという状態になっています。この例に限らず、それまで積み重ねてきたミステリーとしてのロジックの破綻が随所にみられる展開になってしまいます。
もちろんひどいと言われる部分はそれ以前のシーンにもあります。それが悟が連続児童誘拐殺人事件の犯人だと思っている八代の車に何故乗ったのか?という事です。原作での悟は八代の事を頼れる先生とみており、犯人だとは思っていませんでした。一方で映画の悟は明確に八代が怪しいと思いながらも車に乗って結果として窮地に追い込まれる事になるのです。
オリジナル部分は完全に改悪②:追加シーンのセリフ
展開が変わると言う事は当然それまでのセリフなども変更されます。僕だけがいない街はそのストーリー展開はもちろんセリフ回しでも評価を集めた作品でした。しかし改変された事によりそれらのセリフを大きくカット。それだけならまだひどいという評価には繋がりませんが改変して追加したセリフが残念ながら良いセリフとは言えないのです。
録画した『僕だけがいない街』実写版見た。
— 青木スカル💀@雑多垢 (@gik2trip) July 14, 2017
ラストは原作やアニメと違うのは残念だったけど、それまでの展開は尺を考えれば及第点なのかな?まぁ説明不足感はあるし、映画だけ見た人が理解できたのかは不明だが……。
やはりアニオリのセリフ「八代、俺はお前の未来を知ってるぞ!」は無かったね。
セリフ自体は良いセリフというのもあるのですが、展開を考えられていないセリフである事もまたひどいという評価に繋がっています。特に終盤のオリジナル展開の中のセリフには唖然とした人も多くなっています。ネタバレになりますが悟によって言われたセリフですが、なんとその場面は連続児童誘拐殺人事件の犯人である八代が自白した場面です。そういう前提を持って以下のセリフを見てみて下さい。
「先生はこの手で加代の未来を救えって言ったよね!」「僕に勇気を与えてくれたのは先生なんだよ!」「先生は正義じゃないとダメなんだよ!」というセリフの数々です。そのセリフは先生と言う皮をかぶった連続殺人鬼である八代に向って放ちます。何故この場面で、「理想の先生像」を語るようなセリフになるのかという声は大きく、まさにひどいという評価を代表する改悪シーンだと言われています。
上記はほんの一例でしかなく、オリジナル展開の中でのセリフは名言めいた迷言に溢れています。前半までの原作コミックに忠実な名言を見ている後なだけにこれらの迷言の数々にはひどいという評価が集まっています。
オリジナル部分は完全に改悪③:バッドエンドで終わる
ネタバレになりますが、悟は最後八代に刺されて死んでしまいます。これは完全に映画オリジナルの設定であり、原作コミックにもアニメ版にもなかった完全なバッドエンドです。上記の2つに比べればひどいという声は少ないもののこのバッドエンドで終わる形にも酷評があります。原作ファンはもちろん、原作を知らない人にも同様の声があります。
映画 僕だけがいない街、バットエンドかよ。。漫画のが良かった。ちょっと残念。
— ずーん (@zuuun) August 26, 2018
原作ファンはそれまでの展開も改変している事から終わりが見えないまでも、何かしらのハッピーエンドになるんだろうと推測していました。これまでのリバイバルによって悟を始め、加代、佐知子と多くの人が救われています。後は八代を追いこみさえすれば大団円になる準備は完全に整っています。実際に悟は八代を捕まえる為に行動するわけですがそこで八代に刺されて死んでしまうのです。
これはネタバレすると映画スタッフの「僕だけがいない街」というタイトルの解釈の違いでもあり、バッドエンドにされたそうです。一方で監督の平川雄一朗さんの「悲劇でも単なる絶望で終わらず、ラストで希望を描いてほしい」という要望により映画オリジナルのエンディングになったそうです。
邦画、特にミステリーに分類される作品は基本的にハッピーエンドで終わる事が多い事もあって、このバッドエンドでの終わりには原作を知っているかに関わらず疑問の声が多くなっています。
原作やアニメ版を知る人ほど評価がひどい?
以上のように僕だけがいない街の映画がひどいという声は大きいですが、その声はやはり原作やアニメ版を見てから視聴した人に多いようです。ネタバレをするとアニメ版も原作とは違うエンディングを迎えていますが、やはりハッピーエンドであり、ある程度納得できる仕上がりになっていました。原作やアニメ版を知る人にとってはハッピーエンドになるものと思っているのでバッドエンドの展開に驚く人が多いのは間違いありません。
映画「僕だけがいない街」は全俺劇場視聴邦画至上金返してくれ…ってなった珍しすぎる映画。
— コジぴ*元Yu@映画好き (@kojiko_spider) July 24, 2018
原作読んだん!?読んだとして、それでようそんなことできるな!?え、まさか読んでないの!?読んだけどそうなったとか!?!?
となったレベル(^O^)
もちろんひどいとしているのは原作ファンだけではありません。原作を知らないとしてもミステリー好きの人からすれば完全にミステリーのロジックが破綻しているのでやはり気になる部分が多いようです。また改変される前の展開の中で回収された伏線なども放置されており、ミステリー映画でありながらミステリーとしては見れないという評価をする人が多いようです。
もちろんこの映画版の評価の裏には、原作の高い評価によってあがったハードルからの落差という意味も含まれています。原作を読んでいなくても少し調べれば原作の評価は高い事が分かるので、それを見て視聴したという人を含めて「え?」となっている人が多く、結果ひどいという評価に繋がっていると言えます。
もちろん全9巻のコミックを2時間の映画にする以上、ある程度の改変やカットは必要です。しかも僕だけがいない街の1つの事件を追うという物語の構成上、必ず物語として完結させる必要もあります。だからこそ映画化するのが難しかったのでは?という声も大きく、どうしてもひどいという声が大きくなっているのです。
僕だけがいない街の実写版映画の評価についてまとめ!
僕だけがいない街は原作コミックが高い評価を受けている状態で映画化された事でその落差によりひどいといわれる評価を得る映画になってしまいました。しかし原作云々を抜きにすれば、面白かったという評価をしている人もいます。特にキャストによる演技は評価が高く面白かったとする人も当然います。
それでも僕だけがいない街の映画版の評価にひどいという物が目立つのはネタバレするとやはりひどいと言われる部分が終盤に集中してしまっているからではないでしょうか。終わりの後味も悪く、「中盤ダレたけど最後は良かった」と言えるような状態でも無くなっています。そしてやはり原作ありきの映画で明確な比較対象があるのも映画の評価を下げる要因になってしまっています。
評価の分かれる僕だけがいない街の映画版ですが、ミステリー作品でありながらその作り込まれた展開などはネタバレをされた上で視聴しても楽しめる映画でもあります。まだ一度も見た事ないという人はぜひ視聴して見てはいかがでしょうか。