シン・ゴジラがつまらないのはなぜ?その理由や感想・評価をネタバレまとめ

(※ネタバレ要素を含みます)もはや日本伝統の空想特撮映画とも言えるゴジラシリーズの最新作『シン・ゴジラ』が、大変な話題となりながらなぜこうもつまらないと評価されるのか。『シン・ゴジラ』と歴代ゴジラシリーズとの関係、作り手、観る側の問題など、いろいろな人々の感想を交え、さまざまな角度から『シン・ゴジラ』がつまらないと言われるその理由について迫ります。完全なネタバレとなりますが、何度観ても楽しめる作品となっているはずですので、何度も観た人、まだ観てない人も、ぜひご自身の評価の参考になさってください。

シン・ゴジラがつまらないのはなぜ?その理由や感想・評価をネタバレまとめのイメージ

目次

  1. シン・ゴジラがつまらないのはなぜか徹底調査!
  2. シン・ゴジラとは?
  3. シン・ゴジラのあらすじを紹介!
  4. シン・ゴジラがつまらない理由とは?
  5. シン・ゴジラの感想や評価をネタバレ紹介!
  6. シン・ゴジラがつまらない理由まとめ!

シン・ゴジラがつまらないのはなぜか徹底調査!

映画、テレビ地上波、動画配信、DVD・ブルーレイ。登場のそのたびに話題となり、劇中の会議シーンさながら現実でも賛否両論評価が分かれて飛び交う『シン・ゴジラ』。今回はその『シン・ゴジラ』がつまらないと言われている理由について、完全にネタバレしながらご紹介します。

映画『シン・ゴジラ』公式サイト

シン・ゴジラとは?

『シン・ゴジラ』は、2016年7月29日に公開された、約12年ぶりに日本で制作された29作品目のゴジラ映画(空想特撮映画)です。豪華出演陣も然ることながら、総監督・脚本に『新世紀エヴァンゲリオン』でおなじみの庵野秀明氏を迎えたことや、ゴジラのモーション・アクターに狂言師の野村萬斎氏が起用されたことでも話題となりました。キャッチコピーは「現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)」。

公開1周目の映画観客動員ランキングでは約41万人動員で堂々の第1位を獲得し、累計動員数でも約551万人を記録。最終興行収入は約82.5億円にのぼるなど、高い注目を集めた前評判どおりの快進撃を見せました。劇構成的にもすぐさま続編を期待される感想が出るなど、上々の実績を残しています。

気になるタイトルについてですが、これは総監督の庵野秀明氏のアイデアで、『シン・ゴジラ』の「シン」とは、「新」であり、「真」であり、「神」であるようです。プロデューサーによると正解はないとのことですが、加えて「進」などという解釈もできるのではないでしょうか。

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シン・ゴジラのあらすじを紹介!

シン・ゴジラのあらすじをネタバレ紹介!

舞台は大都市・東京。東京湾で無人のクルーザーが発見されます。それを皮切りに、羽田沖で謎の水蒸気が噴出、東京湾アクアラインでは崩落事故が発生。政府はその原因究明対応に追われます。その原因が巨大不明生物に依るものと内閣官房副長官の矢口蘭堂(長谷川博己)が進言したとおり、その姿を現した「ゴジラ」は日本列島に上陸し、街を破壊し進み続けます。

矢口や米国大領領特使カヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)らにより、「ゴジラ」という巨大不明生物の謎、行方不明の牧悟郎という学者が関わっていることなどが解明されていきます。日本政府は「ゴジラ」の血液循環ごとその進行を止めるべく「矢口プラン」の具体検討にとりかかりますが、そうしている間にも進化を遂げる「ゴジラ」の被害は拡大していきます。

手をこまねく日本政府と、核兵器で東京の街ごと吹き飛ばそうとする国連軍。またたく間に数多の犠牲を生んでいくこの未曾有の大惨事に、人々はおののき、逃げ惑うばかり。自衛隊、米軍をもあしらう「ゴジラ」を前に、決断を迫られた人類が選んだ最後の決着方法とは。そしてその先の未来で人類を待つものとは。

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シン・ゴジラがつまらない理由とは?

ではいよいよですが、ここまでヒットした『シン・ゴジラ』がつまらないと叩かれる理由は何なのでしょうか? ネタバレを含めてご紹介します。

ゴジラのキャラクターがわかりにくい!

不気味な尻尾から登場し、次第に変態を遂げながら街を破壊し進む「ゴジラ」。その異形と、とにかく放射能を照射し続ける脅威の破壊者という点ではたしかに迫力はあるのですが、何が目的なのか、何を考えているのか、とてもわかりづらく、つまらないと感じるようです。

災害シミュレーションという側面から考えるとそれも致し方ないかとも思えますが、物語のテンポが良いためか、肝心の「ゴジラ」のキャラクターを無視して淡々と対応していく人類、という印象を受けるかもしれません。

そして脅威的にすぎるレーザー光線の破壊力は、もはや生物というよりある種の機械じみていて、その無機質さをよりいっそう際立たせます。

オールド・ファンは感情移入できず評価しづらい!

「ゴジラ」作品を初期からすべてタイムリーに観てきたというひともかなり多いでしょう。実は「ゴジラ」作品は、シリーズ毎に設定が修正されたりリセットされたりするなど、世界観がガラリと変遷してきました。そのため「戦争や恐怖の象徴」「正義のヒーロー的怪獣」のように、子ども時代を大好きな「ゴジラ」とともに送ってきたその世代毎の印象や感想は、そのときどきで違うはずです。

それでも「人間が生み出した恐怖の象徴」という性格は一貫して持っており、「ゴジラ」自身が悲しみを抱えた被害者であるというテーマがあったからこそ、共感性を持って子どもたちは「ゴジラ」の一挙手一投足に熱狂していたのです。『シン・ゴジラ』は「ゴジラ」じゃないとの声が聞こえるのはこのためでしょうか。この『シン・ゴジラ』を観た現代の子どもたちは、果たしてどう感じたのでしょうか。

「ゴジラがかわいそう」という感想は少数派?

「ゴジラ」自身が悲しみを抱えた被害者であるからこそ「ゴジラ」に感情移入し愛してきた人々にとっては、『シン・ゴジラ』での「ゴジラ」の扱いはつらいものであり、また展開はつまらないかもしれません。

大部分で描かれているように、自分たちが生み出してしまった存在であるにも関わらず、「臭いものには蓋を」とまでいかないにせよ、ただただ徹底的に「ゴジラ」にミサイルを打ち込み害悪を排除しようとする人類の姿勢はどこか物悲しく、大きな違和感を覚えるものです。

初期設定がいつもと違っていてつまらない!

「ゴジラ」に対してある程度のイメージを持って構えて『シン・ゴジラ』を鑑賞すると、おや?とある違和感を覚えます。それは劇中の人類が「ゴジラ」の存在を知らないことです。1954年に初登場した「ゴジラ」ですが、変わり続ける世界観の一方で、登場したのは1954年であるという設定は不変でした。それが『シン・ゴジラ』では第一作の設定に立ち戻ったわけです。今回、能の動きに立ち戻ったこともそうですが、初期設定を非常に大切にされているようです。

「ゴジラ」は『シン・ゴジラ』で人類の前に初登場した。つまり劇中では何のネタバレもないわけです。そのため「ゴジラ」が怪獣としてではなく、巨大不明生物と捉えられていたのが印象的でした。SNSで追わせているため新鮮味を与えられない所為もありますが、鑑賞する側は「ゴジラ」をよく知っている(少なくとも外見は)わけで、人類が起こすパニックの様子もわざとらしくつまらないものに映り、不謹慎にもどこか戸惑いを禁じ得ませんでした。

誰もが予想する通りの展開すぎてつまらない!

「ゴジラ」に対する、かねてからの「人災」というイメージより近年の「天災」というイメージが先にたつ以上、やはり人類は「ゴジラ」を完全に排除することはできません。それは大震災やハリケーンの脅威の前に、人類が無力であるのと同様です。

「ゴジラ」が目覚めれば核が起動するというやむを得ない状況のなか、人類は冷凍状態の「ゴジラ」と共存したうえでの復興と再生を選ぶのは、壮快な展開を待ち望むファンからすればつまらない、肩すかしを食ったような物足りないものだったでしょう。

そして「ゴジラ」はどうなっていくのか!

実はこの「ゴジラ」、1954年に初登場して依頼、制作側の都合で設定上どんどん大きくなっています。これを「人間が生み出した恐怖の象徴」は時代が進むにつれ(人類が罪をますます重ねるにつれ)変貌を遂げていく、と単純に解釈するのには無理があるでしょう。

しかし今作『シン・ゴジラ』では、「ゴジラ」は海中から陸へ、そして人類に対してと置かれた現環境に対応するかのように複数段階の進化を遂げていき、劇中で示唆されているように、ラストシーンではさらなる進化の中途であることも予見できます。

もしかすると、自分含め誰もがこれまで親しんできた「ゴジラ」の形ではなくなってしまうのではないか、そしてそれはもはや「ゴジラ」でもなんでもない、などと、どうしてもそんなつまらないことを考えてしまいます。

意味を含ませすぎていてつまらない!

現実(ニッポン) 対 ゴジラ(虚構)というキャッチコピーから災害シミュレーション映画と揶揄されるこの作品には仕方ないのかもしれませんが、『シン・ゴジラ』にはとにかく登場人物が多いです。実に総勢328名を数えます(ゴジラ役モーション・アクターの狂言師・野村萬斎氏を含めると329名)。

「ゴジラ」を徹底的に解体し(ある意味ネタバレさせ)、冒頭の「折り鶴」や「宮沢賢治の『春と修羅』」、「東日本大震災」、「福島原発」、「核兵器」、そして「ヤシオリ(八塩折)作戦」からわかる「八岐大蛇」※と、否が応でも気づくメタファーの多さに一度では楽しみきれず、二度も三度も鑑賞したというひとも多かったようです。

ファンでなければ、一度でつまらないと感じてしまうのも仕方ないかもしれません。よく言えば無駄がない作りとも言えますが、「ゴジラ」って子どもが観る映画じゃなかったかしら、と、そのイメージの割には意味や情報を詰め込みすぎ、想像する余地が少なくなってしまった感が否めません。※ちなみに八岐大蛇を酔わせたという八塩折之酒は、現在でも再現されたものを味わうことができます。

いろいろな作品の匂いがする!

字幕テロップや挿入音楽、随所に見られる思想など、他の作品を感じさせる演出、場面があります。総監督が庵野秀明氏ですのである程度は仕方のないことかもしれませんが、「ゴジラ」が庵野色に取り込まれてしまった、との感想を持った「ゴジラ」ファンも1,000人や2,000人ではきかないはず。いずれにせよ、このことが間違いなく『シン・ゴジラ』の評価が賛否両論となるきっかけのひとつにはなっていることでしょう。

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シン・ゴジラの感想や評価をネタバレ紹介!

会議ばかりという感想多数!

終始政府内の会議シーンがあったことから、退屈でつまらない、話がなかなか決まらなくて苛々する、などの意見が多く見られました。日本人特有というか、日和見主義的な態度が多く描かれ、そんなものだなあと身に覚えがない、特に海外の方などには評価できないつまらない描かれ方かもしれません。

何で無理矢理石原さとみ?

代々有力な政治家家系、祖母が被爆者、被爆日系三世で未来の米国大統領を目指すが変てこな英語混じりの日本語を話すのが米国大統領特使の石原さとみさん。たくさんの否定的な感想が飛び交うように誰が見てもたしかに違和感がありありで、配役や台詞まわしにケチをつけたくなる気持ちもわかる、という声があります。

決して石原さとみさんが悪いわけではありませんが、そこだけつまらないかな、という声も多く散見されます。繰り返しますが、石原さとみさんは悪くありません。評価を恐れずのチャレンジは素晴らしく、もちろんただただかわいいといった支持も多数です。

字幕が多い!(好意的な評価もあり)

ドキュメンタリータッチにしたいのか、理解を誘導したいのか、とにかく字幕テロップが多いという感想が残ります。好意的な意見が多数を占めますが、一方で、「邦画で、しかもせっかくの迫力映像なのにじっくり鑑賞できず、何度も観るはめになる。何より眠くなる」などという人も少なからずいるようです。

「ゴジラ」の最終形態が神々しい!

『シン・ゴジラ』内において「ゴジラ」の外見については、CGを使っているので所謂「着ぐるみ」感などがなく、圧倒的な神々しさが際立ちます。なかでもラストシーン、尻尾にいくつもの人体のような形が組み込まれている点では、ネット上でも様々な憶測を呼びました。ちなみに、「ゴジラ」の手がうえを向いている点は、狂言師・野村萬斎氏のアイデアで、龍や仏、または神に近い人間をイメージされてのことだとか。

一方で、グロテスクすぎるといった声もあります。評価云々は抜きにして、苦手な人も多いかもしれません。

無人在来線爆弾だけよかったという皮肉な感想も!

それまで自衛隊や米軍のどんな攻撃にもびくともせず怯みもしなかった「ゴジラ」が、無人在来線爆弾によってこうもあっさり転ぶのか、という点は、つまらない派のひとからも面白いと支持があります。まるで当ててくれと言わんばかりに動かない「ゴジラ」、無駄に飛び散る後部車両、そして「ゴジラ」を前に壊れた線路を短時間で復旧させた作業員の恐怖、いろんな矛盾が詰め込まれているためです。

面白いという評価も!

そもそもの「ゴジラ」をつまらないだろうと食わず嫌いしていた、という「ゴジラ」を知らない比較的若い層からは、ネタバレがあろうと比較的多くの支持を得ているようです。「ゴジラ」作品としてではなく、まっさらな目でこの一作『シン・ゴジラ』を鑑賞する心構えも必要なのかもしれません。

シン・ゴジラがつまらない理由まとめ!

『シン・ゴジラ』がつまらない理由を完全ネタバレで挙げてきましたが、評価については賛否両論が飛び交い続けています。だとすればこの作品はネタバレなどものともしない、評価されるべき出来の良い作品なのでしょう。『シン・ゴジラ』を語るうえで避けて通れないのが、2011年3月11日の東日本大震災と福島原発を下敷きに作られていること。そしてゴジラと言えば「核の落とし子」。この日の出来事は日本人の記憶にまだ新しく、否が応にも結びつけざるを得ません。

ですが、『シン・ゴジラ』では「ゴジラ」や被災者のキャラクターがあまり描かれなかったことからは彼らが置いてけぼりにされているような印象を受け、眼前に突きつけることで核に対するアレルギーをいっそう際立たせ、問題を先送りしていくしかない人類の無力さだけが残ったような形になっています。それより何より、現代の子どもたちが「ゴジラ」はつまらない、と感想を漏らしていなければよいとでしょう。

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