わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルは春団治?ラジオ出演事件は実話?

「わろてんか」は朝の連続テレビ小説として2017年から2018年にかけて放送されました。その中で破天荒な団吾(だんご)を演じた浪岡一喜さん、モデルになった春団治についてどこまでが実話なのかを取りあげてみました。「わろてんか」の中で主人公たちの寄席が大成功する節目の重要人物である団吾(だんご)の存在は大きなものでした。「わろてんか」のあらすじ・ネタバレを含みながら、演じた浪岡一喜、春団治について紹介していきます。

わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルは春団治?ラジオ出演事件は実話?のイメージ

目次

  1. わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルを徹底調査!
  2. わろてんかとは?
  3. わろてんかのだんご(団吾)の役どころとは?
  4. わろてんかのだんごのモデルは春団治?ラジオ出演事件は実話だった?
  5. わろてんかのだんごを演じる波岡一喜を紹介!
  6. わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルについてまとめ!

わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルを徹底調査!

今や誰もが知る吉本興業!その創業者をモデルにした「わろてんか」ですから、登場人物もモデルはあの人と、実際の人物に当てはめることが出来るドラマです。その中で、浪岡一喜演じる団吾(だんご)のモデルは、天才落語家として歌にも歌われた桂春団治であると言われています。

歌詞付きの動画なので、見てもらうとわかるのですが、かなり破天荒な人物として、歌に歌われています。「わろてんか」のドラマの中で北村笑店が、大きく成長する役どころになる浪岡一喜演じる団吾(だんご)を徹底的に調べてまとめます。

わろてんかとは?

わろてんかは、吉本興業を作り上げた吉本せいさんの人生をモデルに描かれた物語です。笑いだしたら止まらない少女時代に運命の人と出会い、ほのかな想いを持ち続ける少女期。父親に反対されて大坂に駆け落ちして、義母のいびりに耐える米問屋の時期、夫が店を潰してお笑いを仕事にしようとする時期、店を繁盛させる中での紆余曲折と戦争と大まかに4期に別れています。

大切な来客のいる席ですら笑いが止まらないてん(新井美羽)は、父親から笑う事を禁止されてしまうほどのゲラでした。お祭りの日、遠縁で薬屋のてんの家に丁稚奉公している風太(鈴木福)とてんは、お祭りに出かけます。

こっそり落語をする小屋に忍び込み、風太と大笑いするてんでしたが、隙間からお金も払わずに入ったことがバレて、小屋主に追いかけられます。その時に出会ったのがのちに夫になる北村藤吉(松坂桃李)でした。(本名は藤吉郎ですが、てんたちには、藤吉と名乗る)

人を笑わせる人になりたいと修行中の藤吉ですが、なかなかうまくいきません。藤吉の芸で最初に笑ってくれたのが幼い日のてんでした。てんもまた父親から笑う事を禁じられていました。落ち込むてんに「わろてんか」と言ってくれたのが藤吉でした。お互いに一番欲しい笑顔や言葉をもらったことで強い絆が生まれました。

その絆が恋に変わるのは、二人が成長して再び出会ってからの事です。伊能栞(高橋一生)という魅力的な見合い相手が、てん(葵わかな)の前に現れても、反対する父親に背いて、駆け落ちをしてしまいます。しかし駆け落ちした先の藤吉の実家の米問屋では、嫁扱いしてもらえず、下働きの女として扱われるてん。

けれど持ち前の明るさと才覚で、徐々に姑の啄子(鈴木京香)に認められるかと思った矢先、怪しい事業に手を出した藤吉のせいで米問屋はつぶれてしまいます。落語仲間の手配で、何とか住むところを見つけ、いっそのこと笑いを仕事に出来ないかと考えます。

仲間たちの協力と、出会った人たちに恵まれて小さな寄席から二人の「わろてんか」の軸であるお笑い人生はスタートしますが、最初は何の経験もない二人が寄席を開いたところで、客を呼べるような大物はなかなか来てくれません。

仕方なく寺ギンという悪徳席主から、芸人を高値で芸人を借り、何とか寄席をにぎわしていきますが、目玉が欲しいと、藤吉が目をつけたのは、当時天才と言われた団吾(だんご)です。団吾(浪岡一喜)に専属になってもらうために、家庭をほったらかしにする藤吉、法外な専属料にてんと藤吉は険悪になりますが。

てんに「藤吉の才覚を信じては?」とアドバイスしたのは、見合い相手だった伊能(高橋一生)でした。伊能の言う通り、お金を工面して団吾(だんご)を専属にしたら大当たりで連日満席、北村笑店は、2店舗・3店舗と寄席を増やしていきました。

しかし順風満帆に行くとその成功をやっかむ人も出てきます。お笑い芸人を貸してくれていた寺ギンが、芸人を貸さないと言いだしました。さすがに数店舗ある寄席を元々の仲間と団吾(だんご)だけでは回せません。そんな時助けてくれたのは、寺ギンの所で興行について勉強していた風太(濱田岳)でした。

寺ギンの経営者としての才覚を感じ取り、てんの父親が死んだあと大阪にきてお笑いの興行について学んでいた風太は、芸人に対しても悪どい寺ギンのやり方に反発して、芸人たちを連れて、北村笑店に移籍します。移籍金を要求する寺ギンにてんは、これまでコツコツ貯めていたお金を払い、芸人たちの借金をきれいにします。

順調に行っているさなか、藤吉が病気で倒れ、東京に作った寄席も関東大震災にあったりして大変な時代を過ごします。持ち前の頑張りで乗り切りましたが、とうとう藤吉は帰らぬ人になります。藤吉の跡を継いで、必死で頑張るてんをみんなが支え、戦争で寄席も燃えてしまいましたが、そこから再スタートをきり、北村笑店はずっと笑いを届けています。

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わろてんかのだんご(団吾)の役どころとは?

「わろてんか」の主人公てんたちの寄席は小さな寄席ながらも、入場料を安くして、多くの人に楽しんでもらう風鳥亭は、多くの人に受け入れられました。しかし寺ギンの所から借りている芸人の貸出料金の高さに悩んていました。

目玉の芸人を専属契約にして、客を呼んで寺ギンの貸出料金を下げてもらう腹積もりの藤吉が目をつけたのが、団吾(だんご)でした。しかし浪岡一喜演じる団吾(だんご)は、飼い猫にならない虎のようなもの、どんな交渉をしても首を縦に振りません。

そんな時に、てんが助けた女性とその夫が団吾(だんご)の師匠の娘お夕と兄弟子だった事がわかります。兄弟子であった団真(北村有起哉)は師匠が自分ではなく、団吾(だんご)に師匠の名前を継がせたことから、芸に自信を無くしお夕と駆け落ちしてしまいました。

団吾(だんご)も、お夕を想っていたので、お夕を助けるために、団真を奮起させ、高座に再び、上がることが出来るようにしました。その様子をずっと見守ってくれていた北村笑店。専属契約をして北村笑店が大きく飛躍するそんな役割をわろてんか」の中で団吾(だんご)は果たします。

わろてんかのだんごのモデルは春団治?ラジオ出演事件は実話だった?

団吾(だんご)と藤吉2人に少しずつある桂春団治の要素

破天荒で、すぐにどこかへ飛んで行ってしまう桂春団治。「わろてんか」の55話で登場する月の井団吾は春団治をモデルにしていると言われています。史実では派手な人力車に乗っていたという団吾(だんご)ですが、ドラマでは家計が火の車という意味の赤い人力車に乗っています。

赤い人力車にのっていたのは、明治から大正にかけて活躍した、上方落語の桂文三(3代目)で、そのエピソードを利用しています。彼もまた春団治に負けない程の破天荒な男でめちゃめちゃなことをしていたと言われています。

春団治の派手な人力車を、よりわかりやすく赤い人力車にすることでより団吾(だんご)の性格が際立ったと評価されています。

桂春団治は、本名を岩井 藤吉といいます。大阪の人にとって豊臣秀吉は、立身出世の憧れであり、目標とする人も多く、子供の名前にする人も多かったと言います。春団治の本名藤吉も豊臣秀吉の出世前の名前から来ています。

「わろてんか」の主人公てんの夫北村藤吉は、正しくは北村藤吉郎といいます。藤吉郎の母啄子は、「お前の名前は太閣秀吉さまからもらった」と言っているシーンがあります。そして、藤吉も思い立ったら突っ走る、春団治をモデルとしたという要素を持っているとも言われています。

ラジオ出演事件は実話!

ラジオ事件は「わろてんか」のストーリーの中では89話から91話にわたって、描かれています。団吾(だんご)に直接向き合うのは「わろてんか」のドラマの中では風太で、藤吉は入院中です。

「わろてんか」の団吾(だんご)のモデル、桂春団治(初代)が起こしたラジオ事件は昭和5年(1930年)12月7日に実際にありました。吉本興業から「ラジオに出ると寄席に客が来なくなる」という考えから春団治がラジオに出たいという希望を退けました。しかしラジオから春団治の「祝い酒」という演目が流れてきます。

ドラマの中で、ラジオを放送しているだろう場所にみんなが行くともぬけの殻でだれもいません。現実も同じでした。吉本興業の人達がやってきて放送を止められてしまうだろうと思う放送局からではなく、放送が終わるまでにたどり着けない京都の駅前の施設に特設スタジオを作って放送は行われました。

ドラマの中では、「死神」を演じた団吾(だんご)はラジオに出演しても「風鳥亭に生を聞きに来てほしい」というアピールもしました。てんは入院中の藤吉とこのラジオを聞き、改めて、ラジオの力も感じるという作りでした。

実際の話もドラマの中の話も、この後風鳥亭には、「落語を生で聞きたいという人が殺到し、寄席は繁盛したと書かれています。ただ勝手なことをした春団治は、吉本興業から借金をしていたので、家財道具が差し押さえられたとも書かれています。

差し押さえられた春団治は、自分の口にも差し押さえの札を貼って「口もは差し押さえられたから、しゃべれません」と取材を受けたというエピソードがあります。実話をもとに作られた物語がどこまで本当なのか調べると、時代の背景やその人物がはっきりと見えてきました。

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わろてんかのだんごを演じる波岡一喜を紹介!

朝ドラちりとてちんのファンが喜んだ浪岡一喜の出演

朝ドラは、毎日の生活の流れで見ている人も多く、団吾(だんご)役で浪岡一喜が「わろてんか」に出てきた時は、「ちりとてちん」という落語を舞台にした朝ドラでも落語家役だったので、歓迎ムードで迎え入れられました。

特に百人一首にも収められている「われても末に」というフレーズのある「崇徳院」がちりとてちんでは、重要な落語だったこともあって、その共通点を喜んだ視聴者は多いです。また話題になった芥川賞作品「火花」の出演もしています。映画では桐谷健太が演じた役を浪岡一喜が演じています。

浪岡一喜の出演作品で目立つのは、ヤンキー役が多いという事があげられます。パッチギ・クローズなど暴れまくる役柄が多く見られます。火花の役柄もちょっとやんちゃなヤンキーぽい役です。

浪岡一喜のプロフィール

1978年生まれの浪岡一喜さんですが、映画デビューは早稲田大学を卒業してからの2004年のパッチギです。この映画では、かなり井筒監督からしごかれたと本人が言っています。頑張ってしごかれたシーンが、数秒しかなかったとかそんな話もインタビューなどで答えています。

子供の頃は、保育園でいじめられれてしまうような気の弱い性格だったそうです。そのため保育園に行かなかったとブログの中で話しています。ブログでいろいろ発信するようで、結婚も、子供が生まれたこともブログからの発信だったそうです。

仮面ライダーからの出演オファーがあった時に、子供が喜ぶという理由で、オファーをうけたという以外に家族思いなんだという、感想もブログのコメントなどに寄せられています。

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わろてんかのだんご(波岡一喜)のモデルについてまとめ!

「わろてんか」の中で独特な存在感で、風鳥亭の人気を押し上げた団吾(だんご)を演じた浪岡一喜さんと団吾(だんご)のモデルである桂春団治さんについてみてきました。

見かけがちょっと怖い感じで「わろてんか」の中では、一見悪役に見えますが、兄弟子・師匠の娘の幸せの為に頑張っていたシーンに感動したという意見も多かったです。

モデルとなった桂春団治の破天荒さも「わろてんか」の中で浪岡一喜が演じた以上に破天荒な人という事も過去の情報などからわかりました。浪岡一喜についてつぶやかれたコメントなどを見ても、「わろてんか」の中でも期待されていたことも見えました。

「わろてんか」という朝ドラをみて、モデルになった春団治はもちろん、他のモデルになった人達の生きざまも調べてみて、「わろてんか」の中で描かれた日本が、大阪の街を知ることが出来ました。

「わろてんか」の中では長い落語は無理でしたが、「わろてんか」を通じて知った「死神」という落語、文鳥師匠が演じた「時そば」など落語に触れてみたいと言う意見もドラマサイトやネットの掲示板にたくさんありました。

「わろてんか」の中で、団吾(だんご)のモデルになった春団治を紹介してきました。時代を超えて春団治の破天荒な生きざまが伝わってきました。「わろてんか」の団吾(だんご)のモデルになった春団治を紹介したことで、これから先「わろてんか」を見る時に、参考にしていただいて、「わろてんか」の世界を楽しんでいただきたいと思います。

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