【キングダム】幽繆王(ゆうぼくおう)は中華一の愚王?李牧を処刑した理由は?

幽繆王(ゆうぼくおう)とは、漫画『キングダム』に登場するキャラクターの1人です。漫画『キングダム』に登場する幽繆王は、悼襄王の息子であり、第十代目の趙王を務めています。第十代趙王の幽繆王は即位したばかりであるため、登場シーンが多くありません。しかし、幽繆王は史実で李牧を処刑しており、中華一の愚王として扱われています。本記事では、第十代趙王の幽繆王について、史実で李牧を処刑した理由や最後、母親などを紹介していきます。

【キングダム】幽繆王(ゆうぼくおう)は中華一の愚王?李牧を処刑した理由は?のイメージ

目次

  1. 幽繆王とは?
  2. 幽繆王は中華一の愚王?史実を考察
  3. 幽繆王の最後はどうなる?
  4. 幽繆王の母親は?最後はどうなった?
  5. 幽繆王に関する感想や評価
  6. 幽繆王まとめ

幽繆王とは?

キングダムの作品情報

開かれた本の写真

大人気歴史漫画『キングダム』の趙国には、幽繆王(ゆうぼくおう)というキャラクターが所属しています。漫画『キングダム』に登場する幽繆王とは、第十代目の趙王にあたるキャラクターであり、本名を「遷」といいます。幽繆王は性格や素行が悪く、父親の悼襄王と非常に似ています。しかし、幽繆王は罪人扱いの李牧を抜擢し、彼に趙軍の指揮権を渡しました。その後、李牧は「宜安の戦い」に勝利し、六大将軍の桓騎を討ち取りました。

そのため、幽繆王は一部の漫画『キングダム』ファンに有能視されています。しかし、史実の幽繆王は郭開の讒言を信じ、李牧を処刑しました。また、史実の幽繆王は趙国を滅亡に追いやった張本人であり、中華一の愚王と評価されています。本記事では、幽繆王(ゆうぼくおう)について、史実で李牧を処刑した理由や最後、母親などを紹介します。まずは、幽繆王が登場する漫画『キングダム』の概要や作者、あらすじを紹介していきます。

キングダムの概要

幽繆王(ゆうぼくおう)が登場する『キングダム』とは、中国の春秋戦国時代を舞台に、「戦国七雄」の争乱と「天下の大将軍」を目指す主人公・信の活躍を描いた漫画作品です。漫画『キングダム』の作者は「原泰久(はらやすひさ)」であり、本作で大ブレイクした漫画家として知られています。漫画家の原泰久はサラリーマンとして「組織」の美学を学び、2006年の1月26日に「週刊ヤングジャンプ」で漫画『キングダム』を発表しました。

当初、漫画『キングダム』は読者アンケートで最下位を記録しており、作者の原泰久を悩ませていました。しかし、原泰久が絵柄を変えたことで大ヒットし、漫画『キングダム』は読者アンケートの1位を獲得しました。その後、漫画『キングダム』はアニメや実写映画などが制作され、日本を代表する歴史漫画になりました。2023年9月現在、本作は合計69巻の単行本が刊行されており、9900万部を超える累計発行部数を記録しています。

キングダムのあらすじ

あらすじと書かれた木のブロック

戦災孤児の信(しん)と漂(ひょう)は、「秦」という国で下僕として生活していました。しかし、信と漂は自身の境遇に落ち込まず、幼い頃から「天下の大将軍」を目指していました。ある日、漂は大臣の昌文君に見出され、信より先に仕官を果たします。しかし、漂は秦王・嬴政の身代わりとなって重傷を負い、信に「天下の大将軍」の夢を託して死亡します。この漂の死がきっかけで、信の人生は大きく動き出すことになるのでした。

幽繆王(ゆうぼくおう)のプロフィール

本記事で、李牧を処刑した理由や最後、母親などを紹介する幽繆王(ゆうぼくおう)とは、漫画『キングダム』に登場するキャラクターの1人です。漫画『キングダム』に登場する幽繆王は、第十代目の趙王を務めているキャラクターであり、女性のような顔立ちと鋭い目つきが特徴となっています。第十代趙王の幽繆王は、第九第趙王・悼襄王と江姫(悼倡后)の子供であるため、趙国太子・嘉と兄弟の関係にあります。

趙国太子の嘉は非常に聡明なキャラクターであり、李牧から「真の光明」と評価されています。一方、第十代趙王の幽繆王は非常に性格が悪く、悼襄王の血を濃く引き継いでいます。また、幽繆王は素行も悪く、男女の奴隷をいつも引き連れています。性格と素行が悪い幽繆王は、「遷」が本名であり、即位後に「幽繆王」と名乗りました。ちなみに、史実の幽繆王(遷)の本名は、「嬴趙遷(えいちょうせん)」であることが判明しています。

漫画『キングダム』の作中で、幽繆王の父・悼襄王は秦国の侵攻を一切気にせず、趙国屈指の名将・李牧を更迭します。しかし、悼襄王は何者かに毒を盛られ、風呂場で命を落としてしまいました。この時、遷は第十代目趙王に指名され、「幽繆王」として即位しました。その後、幽繆王は李牧を呼び戻し、彼に趙国の軍権を全て与えます。そして、李牧は趙北部攻略編で「宜安の戦い」に参戦し、新六大将軍の桓騎と桓騎一家を討ち取りました。

TVアニメ「キングダム」公式サイト

幽繆王は中華一の愚王?史実を考察

開かれた本の写真

漫画『キングダム』に登場する幽繆王(ゆうぼくおう)は、対秦用として李牧を呼び戻したため、読者に「有能」だと評価されています。しかし、史実の幽繆王は名将の李牧を処刑しています。また、幽繆王は司馬尚も更迭し、趙国の滅亡を招きました。これが理由で、史実の幽繆王は暗愚の王として扱われています。ここからは、漫画『キングダム』に登場する史実の幽繆王について、経歴や李牧を処刑した理由などを紹介していきます。

考察①幽繆王が王になった理由

史実の幽繆王(ゆうぼくおう)は元々、悼襄王の末子として生まれ、「嬴趙遷」と名付けられました。古代の中国は長男が国を継ぐと決められていました。そのため、第九代趙王・悼襄王は当初、長男の太子嘉(嬴趙嘉)を後継者にしていました。しかし、悼襄王は長男の太子嘉を廃し、突然末子の遷を後継者にします。悼襄王が長男の太子嘉を廃した理由は、悼倡后が大きく関係しています。悼倡后とは、幽繆王の母親にあたる人物です。

悼倡后は絶世の美女だったらしく、悼襄王の寵愛を受けていました。この寵愛を利用し、悼倡后は長男の嘉を廃すよう悼襄王に讒言しました。悼襄王は悼倡后の讒言を受け入れ、自身の手で嘉を廃嫡します。これが理由で、幽繆王は第十代趙王に即位したのでした。末子の遷を後継者に指名した悼襄王は、紀元前236年に死去します。その後、遷は「幽繆王」と名乗り、悼襄王が死去した同年に第十代趙王として即位しました。

考察②李牧を大将軍に任命する

幽繆王(ゆうぼくおう)が即位した後、秦国は紀元前234年に趙攻めを始めました。秦国は桓騎を総大将に任じ、趙国の将軍・扈輒を討ち取りました。また、桓騎は「平陽」・「宜安」・「武城」を攻略し、趙国を追い詰めます。そこで、幽繆王は李牧を総大将に任じ、秦軍の撃破を命じました。李牧はすぐさま出陣し、「肥下の戦い」で桓騎を討ち取ります。その後、李牧は中華一の知略で秦軍を追い返し、滅亡寸前の趙国を守りました。

考察③李牧を武安君に封じる

幽繆王(ゆうぼくおう)は秦軍の撃破を称え、李牧を「武安君」に封じました。「武安君」とは、優れた将軍に与えられる称号であり、蘇秦が元祖の任命者だといわれています。「武安君」に封じられた李牧は、紀元前232年に「番吾の戦い」で秦軍を撃破します。その後、李牧は反撃を始め、秦国に奪われた領土を多数取り返しました。これにより、秦国は国力が激減し、趙国に攻め入ることが出来なくなってしまいました。

考察④秦の侵攻に対し李牧と司馬尚に応戦させる

上述で紹介した通り、秦国は「肥下の戦い」と「番吾の戦い」で趙国に完敗を喫してしまいました。しかし、秦国は一切諦めず、紀元前229年に王翦率いる秦軍が趙攻めを始めます。この時、幽繆王(ゆうぼくおう)は李牧と司馬尚に秦軍の撃退を命じます。当初、李牧と司馬尚のコンビは王翦率いる秦軍を圧倒していました。しかし、王翦が郭開と悼倡后に賄賂を送ったことで、李牧と司馬尚は戦場から去ることになるのでした。

考察⑤趙で大地震が起きる

ひび割れた地面の写真

王翦が趙攻めを始める2年前(紀元前231年)、趙国は大地震に見舞われました。この大地震は非常に大きく、大量の家屋の崩壊と東西130歩の地割れが起きたといわれています。また、趙国は紀元前230年に大飢饉が起き、大量の民を失ってしまいます。しかし、幽繆王(ゆうぼくおう)は国難を放置し、国民の間で「趙は泣き、秦は笑う」という言葉が流行りました。この国難の放置は、幽繆王が愚王といわれる理由の1つとなっています。

考察⑥李牧を処刑した理由

上述で紹介した通り、李牧と司馬尚は紀元前229年に王翦率いる秦軍を圧倒しました。この時、王翦は李牧と司馬尚を排除するため、奸臣・郭開と幽繆王の母・悼倡后に賄賂を送ります。郭開と悼倡后は王翦の賄賂で裏切り、幽繆王に李牧が謀反を企んでいると報告しました。幽繆王は郭開と悼倡后の讒言を信じ、趙国の守護神・李牧を殺してしまいます。また、幽繆王は司馬尚の更迭も行い、趙国を自ら破滅させることになりました。

考察⑦李牧を処刑した後に趙は滅亡した?

燃え上がる炎の写真

李牧を処刑した幽繆王(ゆうぼくおう)は、趙国と斉国の将軍に王翦軍撃退を命じます。しかし、趙国と斉国の将軍は王翦に敗北し、多数の趙兵を失いました。その後、紀元前228年10月に秦軍が「邯鄲」を攻め落とし、幽繆王は捕まってしまいます。幽繆王の捕縛で趙国は指導者を失い、そのまま滅亡することになりました。ちなみに、秦王・嬴政は趙国を攻略した際、母親の実家の敵対者を生き埋めにしたことが判明しています。

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幽繆王の最後はどうなる?

史実での幽繆王の最後はどうなった?

茂みに刺さった剣の写真

上述で紹介した通り、史実の幽繆王(ゆうぼくおう)は趙国滅亡時に捕まってしまいました。その後、幽繆王は「房陵」という土地に流され、趙国が滅亡しました。残念ながら、幽繆王の最後は不明であり、没年も分かっていません。しかし、史実の幽繆王は「房陵」に流され、そのまま歴史から名前が消えました。そのため、史実の幽繆王は「房陵」で死亡したと考えられます。一方、幽繆王の兄・嘉は生き残り、「代」という国を建国しました。

代を建国した嘉は、燕国最後の君主・燕王喜と手を結び、秦国の中華統一に抵抗します。しかし、荊軻の嬴政暗殺が失敗し、代王嘉と燕王喜は秦国と和睦しました。その後、紀元前222年に秦国の王賁が「遼東」攻めを行い、燕国は滅亡します。また、王賁は代攻めも始め、幽繆王の兄・代王嘉を捕まえます。これにより、趙国の王族は絶えることになりました。ちなみに、代王嘉の最後は未だ不明となっています。

キングダムでの幽繆王の最後はどうなる?

はてなマークのイメージ画像

2023年9月現在、漫画『キングダム』は「番吾の戦い」の始まりが描かれています。「番吾の戦い」とは、秦国と趙国の戦いであり、李牧が大勝を収めたことで知られています。そのため、漫画『キングダム』は未だ幽繆王(ゆうぼくおう)の最後が描かれていません。基本、漫画『キングダム』のキャラクターは史実通りの最後を遂げています。

例えば、秦国の将軍・桓騎は「宜安の戦い(肥下の戦い)」で李牧に敗北し、討ち取られました。また、趙国の将軍・扈輒は桓騎軍に討ち取られ、史実通りの最後を遂げました。これらを見ると、漫画『キングダム』の幽繆王は「房陵」に流され、そのまま作中から退場すると考えられます。

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幽繆王の母親は?最後はどうなった?

幽繆王の母親は悼倡后

白いドレスを着た女性の写真

上述で紹介した通り、幽繆王(ゆうぼくおう)の母親は、悼倡后という人物です。悼倡后とは、倡出身の王后であり、趙を滅亡させた人物の1人に数えられています。元々、悼倡后は「邯鄲」の「倡」に生まれ、結婚相手の家を混乱させました。この時、悼倡后は美貌で悼襄王を魅了し、趙国の王宮に入ります。当初、李牧は悼倡后の王宮入りを反対していました。しかし、悼襄王は李牧の反対を無視し、悼倡后を自身の妻とします。

その後、悼倡后は幽繆王の遷を産み、悼襄王に長男の嘉を廃嫡するようお願いしました。悼襄王は悼倡后のお願いを聞き入れ、無実の罪で嘉を廃嫡します。これにより、幽繆王が第十代趙王に即位し、悼倡后は王太后の地位を手に入れました。しかし、悼倡后は秦の賄賂を受け取り、幽繆王に趙の守護神・李牧を殺させました。李牧の死で趙国は力を失い、そのまま滅亡することになりました。

幽繆王の母親の史実での最後

頭を抱える女性の後ろ姿

紀元前228年に秦国が「邯鄲」を攻略し、幽繆王(ゆうぼくおう)は捕虜となりました。この時、趙国の大夫は嘉の廃嫡と李牧殺害の恨みを晴らすため、悪女の悼倡后を捕まえます。そして、悼倡后は趙国の大夫に殺され、最後を遂げることになりました。その後、趙国の大夫は代王として嘉を即位させ、秦国の中華統一に抵抗しました。

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幽繆王に関する感想や評価

漫画『キングダム』に登場する幽繆王(ゆうぼくおう)には、幽繆王を暗君扱いする感想が多く寄せられていました。漫画『キングダム』に登場する幽繆王は李牧を起用し、秦国の桓騎を討ち取りました。しかし、史実の幽繆王は李牧を処刑し、趙国を滅ぼしてしまいました。この史実が理由で、幽繆王は「暗君」と評価されています。

漫画『キングダム』に登場する幽繆王(ゆうぼくおう)には、幽繆王の見た目に注目する感想も多く寄せられていました。漫画『キングダム』の幽繆王は見た目が悼襄王に似ており、非常に鋭い目つきをしています。また、幽繆王は性格も悼襄王そっくりであり、いつも奴隷を引き連れています。この容姿と性格は、幽繆王が暗君扱いされる理由の1つとなっています。

漫画『キングダム』に登場する幽繆王(ゆうぼくおう)には、幽繆王を変態扱いする感想も見受けられました。上述で紹介した通り、幽繆王は奴隷をいつも引き連れています。また、幽繆王は奴隷との性交渉を郭開に見せ、快感を得ています。これらが理由で、幽繆王は漫画『キングダム』ファンに変態扱いされています。

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幽繆王まとめ

本記事では、趙国の幽繆王(ゆうぼくおう)について、史実で李牧を処刑した理由や最後、母親などを紹介しました。史実の幽繆王は大地震と大飢饉を無視し、趙国の国力を大きく低下させました。また、幽繆王は郭開の讒言で李牧を殺し、司馬尚も更迭します。これにより、趙国は滅亡することになりました。そのため、幽繆王は中国の春秋戦国時代で最も愚かな国王だといえるでしょう。

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