【スラムダンク】宮城リョータはその後アメリカに留学した?映画の最後の結末は?

宮城リョータのその後についてまとめました。こちらの記事では、人気漫画『SLAM DUNK(スラムダンク)』の登場人物・宮城リョータが、原作漫画のその後、どのようにアメリカに留学したのかを考察を交えて紹介しています。宮城リョータのアメリカ留学や、映画『THE FIRST SLAM DUNK』で宮城リョータがどのような最後の結末を迎えたのか知りたい人は、こちらの記事に目を通してみてください。

【スラムダンク】宮城リョータはその後アメリカに留学した?映画の最後の結末は?のイメージ

目次

  1. 宮城リョータとは?
  2. 宮城リョータはその後アメリカに留学?映画の結末を考察
  3. 宮城リョータと沢北のモデル
  4. 宮城リョータと三井の出会いや怪我の原因
  5. 宮城リョータに関する感想や評価
  6. 宮城リョータのその後まとめ

宮城リョータとは?

こちらの記事では、人気バスケットボール漫画『スラムダンク』のその後を描いたアニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』に登場する、宮城リョータの最後の結末を紹介していきます。宮城リョータが映画・THE FIRST SLAM DUNKでアメリカに留学したその後について気になっている人は参考にしてみてください。

映画・THE FIRST SLAM DUNKでの宮城リョータのその後以外にも、宮城リョータのモデルになった人物や、三井との関係などについても紹介しています。まずは、下記の項目で映画・THE FIRST SLAM DUNKの作品概要と物語のあらすじを紹介しています。THE FIRST SLAM DUNKがどのような作品なのかおさらいしたい人は、そちらの項目から目を通してみてください。

スラムダンクの映画「THE FIRST SLAM DUNK」の作品情報

THE FIRST SLAM DUNKの概要

THE FIRST SLAM DUNKは、週刊少年ジャンプで連載されていた人気漫画・SLAM DUNK(スラムダンク)のその後を描いたアニメ映画です。公開されたのは2022年12月3日で、脚本・監督は原作漫画の作者である井上雄彦先生が担当しています。また、声優陣も1990年代に放送されたアニメから一新されています。

映画・THE FIRST SLAM DUNKの原作漫画であるスラムダンクでは、桜木花道が主人公を務めていましたが、映画・THE FIRST SLAM DUNKでは宮城リョータに変更されています。映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、原作漫画のその後、宮城リョータがアメリカに留学している姿が描かれています。

映画公開後には第46回日本アカデミー賞や新潟国際アニメーション映画祭など、さまざまな映画賞を受賞しています。興行収入は150億円を達成し、東映が配給しているアニメ映画作品で興行収入100億円を突破した2つ目の作品として注目を集めました。

THE FIRST SLAM DUNKのあらすじ

幼い頃、宮城リョータは沖縄に住んでいました。父を亡くした悲しみはあったものの、宮城リョータは兄の影響でバスケに打ち込んで毎日を過ごしていました。しかし、ある日その兄も海難事故で死亡してしまいます。のこされた宮城リョータの家族たちは、その記憶から逃げるように神奈川県に引っ越すことになります。そして数年後、宮城リョータはインターハイの神奈川県代表選手としてバスケのコートに立っていました。

宮城リョータのプロフィール

宮城リョータは、バスケットボール漫画・スラムダンク及び、スラムダンクの最後の結末のその後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKに登場するキャラクターです。原作漫画のスラムダンクでは、主人公の桜木花道が入部した湘北高校バスケ部のポイントガードとして活躍しました。その後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、作中の主人公として登場しています。

宮城リョータは身長168センチとバスケ選手の中では低身長ですが、高い運動神経によってスピードとテクニックを生かしたプレーをする選手として活躍しています。その運動神経の高さはバスケだけではなく、喧嘩にも活かされています。作中では登場キャラクターたちの喧嘩シーンが何度か描かれており、宮城リョータは自分と身長差のある相手と対等に戦っています。

バスケの試合中には、仲間に活を入れたり、冷静に戦況を判断したりと、メンタルの強さも見せています。一方で、好意を持っている相手には弱い一面もあります。宮城リョータは、湘北バスケ部のマネージャーである彩子に好意を持っており、彼女の言うことであれば大方のことは従う姿を見せています。しかし、好きなことが仇となり、本命の彩子に告白する勇気がないため、別の女性と付き合おうとする臆病なところもあります。

宮城リョータから告白を受けた女子は、それを見抜いて告白を断りました。そのような失恋の経験が桜木花道と意気投合するきっかけとなり、物語の最後には信頼できるチームメイトとなりました。部活では背番号7番のポイントカードとして活躍しています。学年は2年生で、1993年版のアニメでは塩屋翼さん、映画版では仲村宗悟さんが声優を務めています。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』

宮城リョータはその後アメリカに留学?映画の結末を考察

スラムダンクの原作漫画は、1996年に全31巻で完結しました。その後、第2部などは発表されていなかったため、スラムダンクの物語は原作漫画の結末が物語の最後となるかと思われていました。長らくの間新作の情報などは発表されていなかったスラムダンクですが、2004年にスラムダンクの原作者である井上雄彦先生が、直筆で神奈川県立三崎高等学校の校舎の黒板にスラムダンクの物語のその後のストーリーを執筆しました。

原作漫画のストーリーが、スラムダンクの最後の結末だと思っていた多くのファンからは、喜びの声があがりました。それから18年経った2022年に、再びスラムダンクのファンを喜ばせる発表がされます。それは、スラムダンクの映画化の報告です。映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、主人公を桜木花道から宮城リョータに変更し、スラムダンクの最後の結末のその後を描いています。

映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、宮城リョータにスポットを当て、彼がアメリカに留学した物語が描かれました。こちらの項目では、スラムダンクの最後の結末のその後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKで、宮城リョータがアメリカに留学した理由を考察しています。宮城リョータのアメリカ留学の真相が知りたい人は、こちらの項目を参考にしてみてください。

宮城リョータはその後アメリカに留学した?

スラムダンクの最後の結末のその後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、湘北バスケ部のルーキーである流川楓ではなく、ポイントガードを務めた宮城リョータがアメリカ留学を果たしています。なぜ流川楓ではなく、宮城リョータがアメリカ留学をすることになったのかは描かれていませんが、それだけ宮城リョータは真剣にバスケに取り組んでいたということが分かる設定となりました。

スラムダンクのファンの間では、宮城リョータのモデルの1人として予想されている日本人のNBA選手・田臥勇太さんがきっかけなのではないかと言われています。田臥勇太さんは宮城リョータと同じポイントガードを務める選手で、身長も173センチと、宮城リョータと似ています。世界を相手にするバスケでは、身長180センチ以下の選手は、活躍するのが難しいとされています。そのような通説を打ち破ったのが田臥勇太さんです。

そのような田臥勇太さんの世界での活躍を目にしたスラムダンクの原作者・井上雄彦は、田臥勇太さんと共通点の多い宮城リョータをアメリカ留学させようと思ったのではないでしょうか?また、宮城リョータをアメリカ留学させるには、設定的にいくつかの問題があります。父親が幼い頃に死亡している宮城リョータは、一般的な母子家庭で育っているため、金銭的な余裕はないと考えられます。

そのような宮城リョータが、なぜアメリカ留学できたのかというと、その理由は「スラムダンク奨学金」を使用したからだと考えられます。スラムダンク奨学金とは、スラムダンクの原作者である井上雄彦先生が設立したもので「経済的な問題で、世界バスケを断念しようとしている若者を支援する」という目的を持った制度です。

スラムダンク奨学金を受けられるのは、翌年に卒業予定の高校2年生の男子学生とされています。宮城リョータは、作中でこの条件に当てはまっているため、スラムダンク奨学金を使ってアメリカ留学をしたのではないかと予想されます。

2004年に井上雄彦先生が黒板に直筆した「スラムダンク-あれから十日後」では、3年生がバスケ部を引退し、宮城リョータがキャプテンに選ばれたことが判明しています。そのため、3年の引退試合まで湘北バスケ部のキャプテンとして活躍した後、スラムダンク奨学金を使用してアメリカ留学を果たしたと予想されます。

宮城リョータが映画の最後で沢北のチームと試合をしていた理由

映画・THE FIRST SLAM DUNKを見た人のなかには「別々にアメリカに行った宮城リョータと沢北が、なぜ試合をしているの?」と疑問に思った人もいるのではないでしょうか。この理由は作中では名言されていませんが、宮城リョータが留学制度を使ってアメリカに渡ったことがきっかけなのではないかと予想されます。

上記の『宮城リョータはその後アメリカに留学した?』で紹介したスラムダンク奨学金制度では、大学に入学する前に奨学生をプレップスクールというところに入所させます。プレップスクールというのは、大学に入る前に語学やバスケの腕を磨くために入所させる場所です。バスケのためにアメリカに留学したいという志を持った若者を集めているため、バスケに打ち込んでいる同年代の選手たちと交流することも多いと予想されます。

そのため、宮城リョータよりも先にアメリカに渡った沢北が所属しているチームや組織との交流があったのではないかと考えられます。作中の試合のシーンでは、2人ともアメリカ合衆国の大学生を集めて行われるバスケの試合・カレッジバスケのものとみられるユニフォームを着用しています。この様子からも、2人は大学や奨学生に関する企画を通して、再び顔を合わせたのではないかと予想されます。

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宮城リョータと沢北のモデル

宮城リョータのモデル

上記の項目では、日本人のNBAプレーヤー・田臥勇太さんが宮城リョータのモデルの1人とされていると紹介しました。他にも宮城リョータのモデルだと予想されている人物がいます。その人物とは、ケビン・ジョンソン選手です。ケビン・ジョンソン選手はアメリカ出身の元NBA選手で、ポイントガードとして活躍していた人物です。また、背番号も7番で、宮城リョータと共通点が多いためモデルの人物として予想されています。

沢北のモデル

スラムダンクの原作漫画で、山王工業高校のエースとして活躍した沢北は「ペニー・ハーダウェイ選手がモデルではないか?」と言われることが多いようです。ペニー・ハーダウェイ選手は、バスケの神様と呼ばれているマイケル・ジョーダン選手を苦戦させた人物として知られています。スラムダンクの登場キャラで、マイケル・ジョーダン選手がモデルとなっている人物は流川楓です。

スラムダンクの作中では、天才的なバスケの才能を見せていた流川楓を初めて打ち負かしたのが沢北でした。そのような背景や、ダブルクラッチという技を使う様子から「沢北のモデルはペニー・ハーダウェイ選手ではないか?」と考察する人もいるようです。

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宮城リョータと三井の出会いや怪我の原因

宮城リョータと三井は小学生の時に出会っていた?

原作漫画のスラムダンクでは、宮城リョータとチームメイトの三井の関係については、深く掘り下げられていませんでした。しかし、原作漫画の最後の結末のその後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKが上映されたことで、2人が小学生の時に会っていたことが判明します。沖縄から神奈川県に引っ越した宮城リョータは、バスケをしようと公園に行きます。そこでは、地元の少年たちがバスケをして遊んでいました。

宮城リョータが、彼らに声をかけることはなく一人でバスケの練習をしていると、1人の少年が声をかけてきます。その少年が、三井だったのです。高校生になってバスケ部に入部した宮城リョータは、途中から入部してきた三井がその時の少年だとは気づきませんでした。映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、原作漫画だけでは描ききれなかった、そのような登場人物たちの関係性が描写されています。

宮城リョータの怪我の理由

スラムダンクの原作漫画で宮城リョータが初登場した時、宮城リョータは3年生と揉めて入院したということになっていました。この3年生というのは、当時不良生徒だった三井です。しかし、宮城リョータの怪我の原因は喧嘩ではありません。三井と喧嘩をしたのは事実ですが、宮城リョータの怪我は大したことありませんでした。

入院するほどの怪我を負ったのは、その後、バイクに乗って事故を起こしたからです。幼い頃住んでいた沖縄のことを考えていたのか、宮城リョータはトンネルを抜けた先で運転を誤ってしまいました。そして、宮城リョータは病院のベッドで目を覚ましたのでした。原作漫画では「喧嘩をして怪我をした」というニュアンスで描かれていましたが、映画・THE FIRST SLAM DUNKで怪我の真相が判明しました。

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宮城リョータに関する感想や評価

スラムダンクの原作漫画の最後の結末のその後を描いた映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、幼い頃の宮城リョータと三井の姿が描かれています。当時、宮城リョータはまだバスケを始めてあまり時間が経っていませんが、三井に声をかけられています。その様子を見た鑑賞者からは「三井はその頃から宮城リョータの才能を見抜いていたのでは?」という声があがっています。

原作漫画では、最後まで宮城リョータの過去は描かれませんでした。そのため、映画・THE FIRST SLAM DUNKを見たことで、宮城リョータの悲しい過去を知った人からは「宮城リョータにこんな過去があって驚いた」という感想を持つ人も少なくないようです。

映画・THE FIRST SLAM DUNKでは、主人公が桜木花道から宮城リョータに変更されました。宮城リョータの過去や人物像など、原作漫画では描かれなかった宮城リョータの魅力が描かれた映画を見た鑑賞者からは「宮城リョータのことをもっと好きになった」「登場人物の過去を知れて、スラムダンクをもっと面白く感じるようになった」という声があがっています。

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宮城リョータのその後まとめ

以上、スラムダンクの原作漫画の最後の結末のその後の宮城リョータについて紹介してきました。宮城リョータは、原作漫画の結末のその後、アメリカに留学しています。アメリカに留学した理由や方法などは描かれていませんが、スラムダンクの原作者である井上雄彦先生が「スラムダンク奨学金」という制度を立ち上げていることから、その奨学金を使って留学したと考えられます。

映画の最後では、原作漫画の強豪校のエース・沢北とアメリカで対決する結末が描かれています。宮城リョータは、映画の他に、スラムダンクの特別読み切り作品『ピアス』でも主人公を務めています。『ピアス』は映画・THE FIRST SLAM DUNKの資料『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』に収録されているので、気になった人はそちらの書籍も手に取ってみてはいかがでしょうか?

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