2018年08月16日公開
2018年08月16日更新
君の名は。は矛盾点・おかしい所が多すぎ?意図や意味があるのか考察
2016年に大ヒットしたアニメーション映画『君の名は。』、『君の名は。』は新海誠監督によって生み出された映画で、今回はそんな大ヒット映画『君の名は。』において、多すぎる矛盾点・おかしい所を解説していきます。これらの矛盾点には監督の意図や意味があるのか?それとも特に意図や意味がなく矛盾してしまっているのか?『君の名は。』の時系列やあらすじも踏まえながら多すぎる矛盾点を解説していきます。
目次
君の名は。の矛盾点やおかしい所を徹底考察!
大ヒット映画『君の名は。』を観た方の口コミを見ると、多くの矛盾を感じている方が多くいます。そこで今回はこの映画にはどのような矛盾点があったのか、整理しながら考察していきます!
君の名は。とは?
まずここでは、具体的な矛盾点を見ていく前に、社会現象にもなった『君の名は。』の基本的な情報からおさらいしていきます。
君の名は。は少年と少女の奇跡の物語!
矛盾点を解説していく前に、『君の名は。』はどういう話なのか?について思い出していただくために基本的なあらすじを書いていきます。
主人公は、東京に憧れを抱いていて岐阜県の糸守町という田舎町で生活をしている女子高生の宮水三葉と、東京で生活している男子高校生の立花瀧。2人はお互い出会ったことも無い赤の他人ですが、ある日夢の中でお互いの身体が入れ替わってしまいます。最初はお互いただの夢だと思っていましたが、お互い元の身体に戻った時の周りの反応や残されている日記などによって、お互いの身体が入れ替わっていることに気づきます。
当初は戸惑いこそありましたが、次第にお互いの生活を満喫するようになっていく2人ですが、突然その入れ替わりは終わりを告げます。三葉のことが気になってた瀧は、入れ替わっていた時の記憶を頼りに糸守町にたどり着きますが、3年前の彗星衝突により糸守町は消滅、三葉も亡くなっていることを知ります。諦めきれない瀧は宮水神社(三葉の実家)の祠に行き、彗星衝突前の三葉と入れ替わることが出来ます。
瀧は町民の避難に奮闘しますが上手くいかず、三葉本人の力が必要だと悟る瀧は、自分の身体に三葉が入っていると思い再び祠に戻ります。そこで3年の時を超えて三葉に出会うことが出来ます。瀧の想いを受け取った三葉は自分の身体に戻った後、町長(三葉の父)に避難指示を出すようにお願いします。この時、三葉と瀧はお互いの記憶が薄れ無くなってしまいます。
時は流れ2021年、瀧はずっと何かを探しているような気がしながら就職活動をしていました。なぜだか分からないのに気になるのは2013年に起こった彗星衝突事件、その事故は衝突直前に町長から避難訓練の指示が出たことで町民は全員無事でした。そんな何かを探しているような気持ちを抱えたまま、ある日電車の中である女性を見かけることになります。
その女性は彗星衝突を回避し生存することができた三葉です。三葉も瀧に気づきお互い電車を降ります。お互いの名前も顔も記憶が無くなっている、でも探していたのはこの人だという確信があり再び顔を合わせます。瀧「あの!俺、君のことどこかで...」三葉「私も...」瀧・三葉「君の名前は?」
監督は新海誠監督
『君の名は。』の監督は数々のアニメーション映画を手がけてきた新海誠監督です。新海監督の作品は『言の葉の庭』『だれかのまなざし』『星を追う子ども』『秒速5センチメートル』などが挙げられます。『君の名は。』はもちろんですが、これらの作品にも共通しているのは「背景描写がきれい」で、その素晴らしさが『君の名は。』公開以前からアニメファンに支持されていて、『君の名は。』も公開前から注目が集まっていました。
また、『君の名は。』と新海監督を支えるスタッフ陣も豪華です。プロデューサーには、『モテキ』『電車男』等の映画を手がけた川村元気。キャラクターデザインには『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』を手がけてきた田中将賀。そして作画監督には、『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』の安藤雅司。これらの超豪華とも言えるスタッフ陣、注目度が上がるのも無理はありません。
ちなみに新海監督は人気ロックバンドRADWIMPSのファンでもあり、『君の名は。』の主題歌・劇中歌にRADWIMPSの曲が使われていて、映画と曲のシンクロ率が高いことも有名です。こういった要素も『君の名は。』の大ヒットにつながっています。
君の名は。の多すぎる矛盾点やおかしい所を解説!
『君の名は。』は大ヒットし多くの方に感動を与えた映画ですが、観た方の中には「矛盾点が多すぎる」という指摘をする人が多いのも事実です。ここからはその多すぎる矛盾点、どこが矛盾しているのかをを一つ一つ解説していきます。
3年間のタイムラグに気づかない矛盾
まず多すぎる矛盾点の1つ目について解説していきます。瀧と三葉は同じ高校2年生ですが、2人の間には3年間のタイムラグがあります。瀧は2016年に生きる高校2年生、三葉は2013年に生きる高校2年生ということです。このタイムラグに2人が気づくべき状況がたくさん出てきますが、2人は全く気づかないという矛盾が生じています。
例えば、瀧と三葉は入れ替わった時にお互いの友達や家族と接することが多々ありますが、2人とも疑問を感じることなくすんなりと溶け込みます。百歩譲って未来を生きることになる三葉が気づかないことは仕方のないことかもしれませんが、3年前に遡ることになる瀧は話題が古いことに疑問を感じないのはあまりに不自然ではないでしょうか?
また、2人はお互いのスマホに日記を残すシーンが出てきますが、ここで気づかないということは2人は日付を見ていないことが前提になります。さすがにその前提には無理があるのではないのでしょうか?中には「日付を確認する時に西暦まで確認しないのでは?」という意見もありますが、仮にそうだとしても曜日は確認するはずです。当然3年違うと同じ日付でも曜日は変わっているので、ここも気づかないのは大きな矛盾点です。
更に極めつけは、三葉が瀧に会いに東京に行くシーンです。三葉は、瀧と奥寺先輩のデートの日に様子を見に東京に行きますが、その際に瀧と電車で遭遇します。
分かりづらいかもしれませんが、3年間のタイムラグがあるのでこのデートは2016年におこなわれるものですが、三葉は自分が生きている2013年におこなわれると思っているので勘違いしたまま東京に向かいます。三葉は電車で瀧に会うことが出来ますが、2013年なので瀧はまだ三葉の存在も知らない中学2年生、三葉に対して「誰?」と言ってしまいます。
このことで三葉はショックを受け糸守町に帰る、という流れですが、ここで3年間のタイムラグあることに気づかないのは明らかにおかしいを言わざるを得ません。大人になったあとの3年間ならまだ理解はできますが、中学2年生と高校2年生は見た目が全然違いますし、会えば必ず分かるという確信を得ていたのであれば疑問に思うべきです。ここで何も疑問に思わず帰る三葉、完全に事実と行動が矛盾しています。
彗星衝突という大災害に気づかない矛盾
次に多すぎる矛盾点の2つ目について解説していきます。上のあらすじでも触れましたが、2人の入れ替わりが起こらなくなってから、瀧は記憶の中にあった糸守町を絵に描き、それを手がかりにして糸守町を探しに岐阜に行きます。その際に、瀧の様子がおかしいと心配した親友の司と奥寺先輩が瀧に同行してくれ、3人で糸守町を目指します。
入れ替わりの時の記憶は薄れてしまうので、瀧が糸守町の名前を憶えていないのは仕方がないとしても、岐阜県でたまたま入ったラーメン屋の店主が瀧の絵を見て、糸守町と言ってからようやく彗星衝突の大災害に思い当たります。しかし、思い当たるまであまりに遅すぎるのではないでしょうか?
瀧の正確すぎる絵と岐阜県という要素で、彗星が衝突した糸守町という答えに3人揃って気づかないのはあまりにも不自然です。例えば森林火災とかであれば記憶に残らない人がいるのは分かりますが、彗星衝突なんてそれこそ世界レベルのトップニュースで当時は確実に飽きるほどニュースや特番で取り上げられていたに違いありません。その未曽有の大災害という事実と、3人の気づかなさがあまりにも矛盾しています。
おばあちゃんが彗星の話を全く信じない矛盾
多すぎる矛盾点の3つ目について解説していきます。三葉のおばあちゃん一葉は、2人が入れ替わっていることに気づくシーンがあります。まず、中身は瀧の三葉が口噛み酒を宮水神社(三葉の実家)の御神体に奉納しに行くシーンがありますが、この時におばあちゃんは「おや?あんた今夢を見とるな」と言い、三葉の中の瀧を捉える発言をしています。
また、彗星衝突の当日、三葉と入れ替わることのできた瀧が、朝起きておばあちゃんと会った時に、「おはよ。おや、あんた、三葉やないな」と言って完全に入れ替わりに気づきます。このようにおばあちゃんは、2人が入れ替わっていることに対してはすんなり受け入れています。
しかし、ニュースで報じられている接近中の彗星が衝突する話を瀧がしても一向に信じようとしません。これはさすがにおかしいです。確かにおばあちゃん自身も前に入れ替わりを体験したようですが、人間が入れ替わるといったファンタジーが起こることを受け入れられる柔軟性のある人間が、大接近がニュースで報じられている彗星の衝突を信じないというのはあまりに矛盾していると言わざるを得ません。
その他の矛盾点
『君の名は』の多すぎる矛盾点の中でも多くの方に指摘されている箇所を解説してきましたが、ここではその他の細かい矛盾点についても触れさせていただきます。まず、三葉が瀧の身体に入っている時にアルバイトをしているシーンが出てきますが、あまりにもスムーズに仕事をこなしているのがおかしいです。やったことのない仕事をやるときは普通はもっと使いものになりません。
また、彗星の軌道が矛盾しているという指摘もあります。専門家ではないので難しい話は割愛させていただきますが、簡単に言うと三葉の頭上を越えていった彗星が落ちるのであれば、落下地点は糸守町ではないという話です。もし糸守町に落ちるのであれば彗星の欠片が引き返す軌道になるので普通は考えられませんし、糸守町だけ被害に遭うというのもおかしい話です。
もっと細かい矛盾点として指摘されているのは、電車関係です。丸ノ内線と総武線の音が同じとか、京浜東北線の車両が新宿駅に入っていたとか、中々マニアックな指摘もあるようです。
君の名は。の矛盾点やおかしい所には意図や意味があるのか?
ここまで『君の名は。』の多すぎる矛盾点やおかしい所を解説してきましたが、これらの矛盾点には意味や意図があるのかを解説していきます。
意図のわからない矛盾ばかり?
結論から先に言いますと、これらの矛盾点1つ1つには意味や意図はありません。もし意図や意味があるのであれば、指摘が多い矛盾点については、公式サイトや監督自身がその点に触れるはずですが一切触れていませんし、これらの矛盾が大きな意味を持っているということも残念ながら見受けられません。
ですが、もう少し正確に言わせていただくと、これらの矛盾点は物語の壮大さを失わないために、どうしても生じてしまう矛盾と言えます。例えば、瀧と三葉の2人が真っ先にタイムラグに気づいたり、瀧があっさり彗星衝突に気づいたら30分程度で糸守町を救って終わってしまいます。
また、おばあちゃんが彗星衝突を信じて、自分の息子で三葉の父である町長に避難指示を出すようにしてしまうと、物語のクライマックスで大きな感動を呼んだ、カタワレ時に時空を超えて2人が出会うシーンもいらなくなってしまいます。このように、『君の名は。』を壮大な男女の奇跡を描いた映画にするためには、これらの矛盾点は必要だったのではないのでしょうか。
君の名は。の時系列を紹介!
以上で『君の名は。』にある多すぎる矛盾点を解説してきましたが、『君の名は。』のストーリーをもっと分かりやすくために、時系列にしていきます。2013/2016年9月2日:入れ替わりの1回目です(瀧・三葉)。2013/2016年9月3日:宮水神社豊穣祭、口噛み酒の儀式(三葉)。瀧は特になし。2013/2016年9月5日:入れ替わりの2回目です(瀧・三葉)。
2013/2016年10月2日:最後の入れ替わりです。宮水神社の御神体に口噛み酒を奉納しに行きます(瀧)。三葉は特になし。2013/2016年10月3日:奥寺先輩とデート(瀧)、瀧に会いに東京へ行きます(三葉)。2013年10月4日(1回目):彗星衝突、死亡(三葉)。瀧は特になし。
2016年10月:糸守町跡地へ、ご神体の前で三葉と入れ替わりに成功します(瀧)。2013年10月4日(2回目):瀧と三葉が尽力したことで彗星衝突回避、三葉生存(瀧・三葉)。2021年~:東京でお互い出会います(瀧、三)。大まかにまとめるとこのような時系列となります。一度この時系列を頭に入れていただくと、『君の名は。』のストーリーがより分かりやすくなります。
君の名は。の矛盾点やおかしい所まとめ!
以上で『君の名は。』の多すぎる矛盾点の解説は終了です。ここまで見てきたように『君の名は。』には多くの矛盾点がありますが、あら探しのように映画を観てしまっては純粋に楽しむことは出来ません。あくまでこの記事は『君の名は。』を観て少しでも不思議に感じた人に矛盾点を説明しているものですので、この映画が素晴らしいことは言うまでもありません!新海誠監督の次の作品が非常に楽しみです。