千と千尋の神隠しを徹底考察!謎・疑問や宮崎駿が伝えたかった事を解説

『千と千尋の神隠し』の疑問・謎・考察・解説をまとめて紹介します。日本の歴代興行収入1位に君臨するスタジオジブリの名作『千と千尋の神隠し』ですが、その物語の中には多くの謎や疑問が残されています。今なお、疑問への考察や解説が述べられる『千と千尋の神隠し』ですが、監督である宮崎駿が本当に伝えたかったことはなんだったのでしょうか?この記事では、ネット上で公開されている謎や疑問点への考察や解説をまとめると同時に、宮崎駿のインタビューなどの発言を照らし合わせて、監督が伝えたかった事を解説しました。

千と千尋の神隠しを徹底考察!謎・疑問や宮崎駿が伝えたかった事を解説のイメージ

目次

  1. 千と千尋の神隠しを徹底考察!謎・疑問や宮崎駿が伝えたかった事も解説!
  2. 千と千尋の神隠しとは?
  3. 千と千尋の神隠しの謎・疑問点を徹底考察!
  4. 千と千尋の神隠しの登場人物の正体からみる隠されたメッセージとは?
  5. 千と千尋の神隠しの宮崎駿監督が伝えたかった事とは?
  6. 千と千尋の神隠しのその後を考察!
  7. 千と千尋の神隠しの考察まとめ!千と千尋の神隠しには深いメッセージが込められていた!

千と千尋の神隠しを徹底考察!謎・疑問や宮崎駿が伝えたかった事も解説!

『千と千尋の神隠し』の考察をまとめていきます。『千と千尋の神隠し』は日本映画史上歴代1位の興行収入を誇る映画です。子供から大人まで多くの視聴者から親しまれています。しかし、『千と千尋の神隠し』には多くの謎や疑問点が残されていました。この記事は、そんな国民的アニメ映画とも言われる『千と千尋の神隠し』についての考察のまとめ記事です。謎や疑問を明らかにすることで、宮崎駿が伝えたかった事を解説します。

スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI

千と千尋の神隠しとは?

『千と千尋の神隠し』2001年に公開されたスタジオジブリ制作のアニメ映画です。監督は『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』で知られる宮崎駿が務めました。冒頭でも述べたように、日本で公開された映画の興行収入ランキング1位です。公開から15年以上経った2018年現在もその記録は破られていません。ちなみに2位以下には『タイタニック』、『アナと雪の女王』が並んでいます。

大ヒットしたジブリ作品

ジブリアニメといえば年齢や性別を問わずに楽しめる作品であることが知られています。数々のヒット作品を制作してきたスタジオジブリですが、その多くの作品が宮崎駿監督の指揮のもと作られました。『ハウルの動く城』、『もののけ姫』、『崖の上のポニョ』などは上述の興行収入ランキングの上位に入っています。『千と千尋の神隠し』はそれらの人気作品を抑えてダントツの1位です。

『千と千尋の神隠し』は海外でも高く評価されています。2016年の「21世紀の偉大な映画ベスト100」では堂々の第4位に輝きました。ちなみにこのランキングで選出された日本映画は『千と千尋の神隠し』だけです。また公開翌年、2002年の第52回ベルリン国際映画祭では最高賞である金熊賞を受賞しました。長編アニメ映画が世界3大映画賞で最高賞を受賞するのは史上初の快挙でした。

普通の小学生である千尋が迷いこむ不思議な世界

そんな、日本だけでなく世界から称賛される『千と千尋の神隠し』ですが、あらすじは複雑なものではありません。あらすじだけをひとことで説明するのであれば「普通の小学生の女の子が不思議な世界に迷い込んで成長する物語」です。千尋は親元を離れて神々が湯浴みに来る不思議な温泉宿で働くことになります。そこで知り合う人々と関わる中で千尋は大きく成長していきます。

子供が見ても楽しめるように作られているので、詳しい解説をしなくても充分に楽しめる作品です。しかし、映画の中には一見すると意味が分からない謎や疑問点がいくつもあります。そういった謎や疑問を考察して紐解くことで、宮崎駿監督が伝えたかったことがわかると、多くの考察記事がネット上で解説されています。

そんな『千と千尋の神隠し』の主な考察・解説をまとめて説明していきます。千尋の迷い込んだ世界、カオナシ、ハク、終盤に乗る電車など。『千と千尋の神隠し』に残された謎や疑問の意味や正体はもちろん、現代社会との関わりについての解説もまとめました。

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千と千尋の神隠しの謎・疑問点を徹底考察!

「千と千尋の神隠しはなぜ作られたのか?」という疑問

まず最初に解説するのは『千と千尋の神隠し』が制作された経緯です。監督である宮崎駿は前作にあたる『もののけ姫』の制作に疲れて信州の山小屋で静養していました。そこは毎年夏になるとジブリ関係者の女の子が遊びに来る場所でもありました。そのため、山小屋の中には少女漫画などが置かれており、それらの漫画は『耳をすませば』や『コクリコ坂から』といったジブリアニメの原作にもなっています。

女の子の読む漫画が「恋愛」をテーマにしているものばかりであることに疑問を感じた宮崎駿。彼女たち、10代の少女たちが本当に必要としているものを描く作品を作ろうと考えました。それは若い女の子の好みに合わせた映画を作るということではありません。宮崎駿は10歳ぐらいの女の子が心に抱えているものを描こうとしました。

そうして、今までのジブリ作品のヒロインのような理想化された女性像ではなく、平凡な女の子を主人公とした『千と千尋の神隠し』が作られました。主人公の千尋は平凡な家庭に生まれ育ち、特別な能力も人目を引く美しい容姿も持ち合わせていません。『風の谷のナウシカ』のナウシカや『もののけ姫』のサンと比べると異色のヒロインです。

千と千尋の神隠しで描かれた異界とは?

『千と千尋の神隠し』で描かれた異界は人生に対して投げやりになった人が、生きるために必要な力を取り戻すためにの場所と考えられています。映画の冒頭で、千尋の家族は各々が自己中心的でバランスを欠いていました。無茶を通して車の運転をする父親、娘に対してドライな母親、無気力な千尋。全員がどこか投げやりな態度です。そうした生きる気力の無い人たちであったため、異界に引き込まれてしまったと考えられています。

また、宮崎駿は湯屋をジブリそのものだとも表現しました。小さな女の子からすると、大人たちが働く世界というのは妖怪や神々のような異形の者たちが住む世界と変わらないというのです。そのように考えると、後述する湯婆婆に名前を奪われるということの意味も、現実の雇用契約書と同じ意味合いになります。大人の社会(会社)で生きていくための第一歩が湯婆婆との契約でした。

さらに、湯屋は風俗営業の世界として描かれています。これは、映画評論家といった部外者だけでなく、製作スタッフからの発言も確認されています。宮崎駿自身も社会を風刺的に描くため、風俗営業の世界を描いたことをインタビューで答えています。神様(上客)のために身を削って働き、搾取される風俗業界は日本社会そのものだと解説しました。

そのような世界を支配する湯婆婆のもとで働くことで、千尋は生きる力を取り戻していきました。このような変化は実際に「口下手な女の子がキャバクラで働くうちに快活な性格になった」という現実のエピソードから着想を得たと宮崎駿は解説しています。千尋の変化は行動の変化だけでなく、後半の表情にも現れました。

両親が豚になったシーンの意味とは?

『千と千尋の神隠し』の冒頭で千尋の両親が豚になったシーンがありますが、これは都合の良いものを簡単に受け入れる現代の大人を示していると考察されています。他人のものを無許可で食べるというのは非常識ですが、そもそも「料理が都合よく用意されていること自体」を疑問に思ってもいいはずです。千尋はすぐにオカシイと気付きました。しかし、両親は大して疑問も抱かずに食事を取ります。

千尋の両親は何も考えずに食べ始めますが、これは家畜(豚)と同じであると解釈されています。現代社会では情報の真偽は曖昧であり、メディアからもたらされる情報をただ受け入れているだけなのは洗脳されているのと変わりません。現代社会への痛烈な批判とも言えるシーンとなっていると解説する人もいます。

名前を取られるということの意味とは?

『千と千尋の神隠し』の異界に迷い込んだ千尋は、湯婆婆に名前を奪われて「千」となりました。これは先述した風俗業界やキャバクラの源氏名そのままだと考えられています。雇用契約を結んだ千尋は源氏名の千で大人の世界で働くということです。

名前を奪われる際、千尋は自分の名前を書き間違えて書きましたが、これは自分の名前を忘れ始めているからだと解説されます。湯婆婆は相手の名前を奪うことで支配します。名前を忘れてしまうことは自分が何者かわからず、なんのために生きているのかもわからなくなるということです。

しかし、名前を書き間違えたからこそ千尋は異界から元の世界に帰ってくることができたという解釈もあります。「湯婆婆との契約は正式には成立していなかった」という考察です。ただし、現実に同じような契約があっても法律的には無効にならないとの解説もされています。

電車の場面についての疑問や謎と解説

『千と千尋の神隠し』の後半では千尋とカオナシが電車に乗るシーンがあります。『千と千尋の神隠し』の中でも特に印象的で美しいと評される場面ですが、宮崎駿自身も非常にこだわった場面であることがインタビューなどからあきらかになっています。この電車の場面だけでも様々な謎があり、考察がされているのでいくつかの項目に分けて解説していきます。

電車である必然性

そもそも「なぜ電車で移動するのか?」という疑問が挙げられています。『千と千尋の神隠し』は神様や魔法が存在するファンタジーの世界です。以前のジブリ作品では『となりのトトロ』に登場するネコバスや、『風の谷のナウシカ』に登場するメーヴェなど独創的な乗り物が描かれてきました。『千と千尋の神隠し』に幻想的な乗り物が登場してもおかしくはありません。しかし、実際は現実的な乗り物である電車が登場しました。

電車が使われた理由は単なる移動手段以上のものを表現しているからだと考察されています。「海原電鉄」という名前が付けられていますが、この電車は架線を使いません。乗客の多くはカオナシのような影です。しかし、乗客たちは半透明な姿をしており、皆一様にくたびれた中年のようなシルエットになっています。

電車は一方通行であることが明示されています。帰りがないことから「死」へ向かって走っているのだという考察があります。そしてくたびれた乗客たちは人生にしかれたレールをそれることなく進んでいく現代人の比喩だというのです。このような捉え方をすると電車という乗り物が登場する必然性があったと考えられています。

電車が意味するもの

電車の乗客や、レールの上を走っていることを考えると、電車は現在の社会の枠組みそのものだと考察されています。人々は自分の望みや希望を忘れかけていて、生きる力を失っています。そのため、自分から社会の枠組み(電車)から降りなければ、行く先は死に繋がっていると考える人もいます。

しかし、これとは対称的な考察もあります。電車は温かみを感じさせる乗り物だというのです。窓の外には幻想的で美しい景色が広がっています。宮崎駿自身も「世界には美しいところもあると描きたかった」と言っているくらいです。そもそも『千と千尋の神隠し』に登場する「海原電鉄」は名古屋鉄道常滑線が元ネタとされています。伊勢湾台風が発生した時、海面スレスレを走行して乗客を運んだとされています。

自然災害に遭って困る人たちを運ぶというのは、死に向かって走るとされる『千と千尋の神隠し』の電車の考察とは真逆です。伊勢湾台風の時のこの名古屋鉄道の電車には勇気づけられる人も多かったと言われています。不安を抱える千尋を乗せる電車には、気持ちを落ち着かせる乗り物としての描写意図があったとも考えられています。

電車の乗客たちの姿

電車の乗客たちについてもいくつかの考察があります。映画の中では明確にどういう人たちであるかは明かされず、謎のままでした。そのため、この謎については考察する人によって解釈の仕方が違ってきます。資本主義社会に対する批判や警鐘の意味があると解説する人もいれば、千尋の過去に基づく心象風景の一端だと解説する人もいます。

まず、よくあげられるのが、電車の乗客たちはカオナシと同種の存在であるというこです。これはカオナシが名前や顔を失って斬る意味が曖昧になっている存在という考察に基づいた考え方です。半透明の影のようになっている姿は皆一様に疲れた様子です。劇中には女の子の影も出てきますが、多くは中年層であることから生きるのに疲れて投げやりになっている人たちであると考察されています。

一方で、カオナシとは別の存在という考え方もあります。これは、電車は明確な死ではなく、心の奥に向かって旅をしているという考察に基づいた考え方です。この場合、心の旅をしている千尋が電車の中で観る乗客は過去に会ってきた人たちの面影です。

ちなみに、海原鉄道沿いに佇む女の子のシルエットが、『蛍の墓』の節子であるとか『となりのトトロ』のサツキやメイという考察もあります。しかし、明確に他のジブリ作品と関連しているという根拠はなく、その真偽については謎のままとなっています。

駅の名前

「海原電鉄」には独特の駅名が付けられていますが、これが電車の行く先を暗示していると言われています。先に述べたように「海の上を走った」という名古屋鉄道常滑線が元ネタですが、駅名は独自のものとなっています。

駅の名前と方角には意味があると考察されています。「海原電鉄」の駅名は油屋駅、南泉駅、沼原駅、北沼駅、沼の底駅となっています。油屋駅から出発した千尋は沼の底駅に向かって北に進んで行きました。駅名のは「泉」と「沼」は重要イメージだと考えられています。一般的に、泉と比べて沼は濁ったイメージであるため、「死」や「心の淀み」が連想されます。

また、方角的には北に向かっていますが、真北を目指しているわけではないと考察されています。というのも、沼原駅の場面で描かれた夕日に照らされた影から方角を割り出せるからです。北東、もしくは北北東を目指しているのだとされています。

北東の方角を目指していると分析される電車ですが、この方角は陰陽道でいうところの鬼門に当たります。また、「沼」というキーワードから連想されるのは「土」ですが、これは五行で北東を示しています。このように駅名と映画の映像の描写から鬼門に向かって進んでいるというのが明示されていると考えられています。

ちなみに、映画の中では「沼原駅」で降りる乗客が多いですが、これは「沼の底駅」ほど深くまで入り込む乗客が少ないという捉え方ができるという解説があります。電車の向かう先を「死」や「心の奥」のいずれに捉えたとしても、深く入り込む人は少ない、そのように明示されていると考えられています。

豚の中に両親がいないと気づいた千尋

千尋が異界から抜け出すための最後の難題として突き付けられるのが「豚の群れの中から両親を探し出す」というもの。しかし、千尋はそこに両親がいないことを即答してみせました。なぜこのようなことができたのか疑問に挙げられます。この謎に対してもさまざまな角度から考察が挙げられています。

まず、ひとつの考察として挙げられるのが、「千尋は異界の暮らしで成長して真実を目にする力が備わった」というものが挙げられます。異界での暮らしの中で成長した千尋は生きる力を獲得してそのような力が身に着いたと考えられています。

「銭婆からもらった髪留めが千尋を正しい判断に導いた」と考える説もあります。銭婆は千尋に親身になり、千尋が元の世界に戻れるように髪留めを渡しました。この髪留めには魔法の力が込められており、それゆえに湯婆婆の幻術も見破る事ができたと考えられています。

「千尋が食べた団子に魔法を解く力がある」と考える説もあります。湯屋で働く千尋は河の神からこの団子を貰いました。少しかじって苦々しい表情を浮かべていましたが、この団子は傷ついたハクを救いました。また、暴走したカオナシを止める力もあります。このような描写から千尋にかけられた悪い魔法も団子によって除去されていたと考える人もいます。

諸説ある一方、「特に理由はない」という考えを支持する人も多くいます。宮崎駿自身も「説明は大事じゃない」と明言することは避けています。観客の想像に任せるといった態度であるため、「明確な理由はない」と結論付ける人も多いです。

トンネルの変化

千尋が異界に迷い込む時に通るトンネルですが、行きと帰りで違う見た目になっています。「千尋が異界で過ごしているうちに時間が経って劣化した」という解釈もありますが、待合室の有無といった構造の変化があることから経年劣化というわけではないようです。

トンネルの変化に対する最も有力とされている説は「トンネルに入る前から異界の影響を受けていた」というものです。つまり、帰りのシーンで描かれた石造りのトンネルが本来の姿であり、最初に通った赤い壁のトンネルは魔法がかかった姿だというのです。千尋は異界の幻術に惑わされないようになったため、トンネルは本来の姿を見せたと考えられています。

また、別の行きと帰りで別のトンネルを通ったという意見もあります。しかし、車が外にあったことからその可能性は高くありません。車が埃をかぶっていたことからも、長い間車が移動していないことが示唆されているからです。

ハクが言った「振り返るな」の意味とは?

いわゆる「見るなのタブー」として知られ、悲劇的な結末を迎えることが多い物語の雛型です。日本神話ではイザナギとイザナミの話が有名です。ギリシャ神話でも似た話にオルフェウスの神話があります。いずれも、見るなと言われたにも関わらず禁を破ったため、妻と離別することになりました。

『千と千尋の神隠し』では、銭婆に貰った髪留めが光り、千尋は禁を破ることなく異界から脱出できました。このため、イザナギやオルフェウスとは違い、ハクとの再会が期待できると考察する人もいます。ただし、宮崎駿は「ふたりの永遠の別れ」とも発言しているため、この謎については意見の分かれるところです。

千と千尋の神隠しの登場人物の正体からみる隠されたメッセージとは?

カオナシの正体を考察

『千と千尋の神隠し』のカオナシの正体の考察は大きく分けるとふたつあります。ひとつは「欲望の塊が具現化した存在」。もうひとつは名前を失って自分が何者であるかを忘れてしまった存在です。カオナシは個性的なキャラクターでありながら、ほとんど設定が語られていないため、多くの視聴者から「何者なのか」という疑問が挙がっていました。

カオナシを「欲望そのもの」だと捉えた場合、千尋は欲望に試されていることになります。カオナシは名前や顔はおろか、声も持ちません。そのため他人を飲み込んで自分の声とします。自分の都合しか考えていません。その後、千尋を求めて砂金を差し出しました。千尋は砂金を受け取りませんが、もし受け取っていたならカオナシに飲み込まれてしまっていたと考察されています。

また、カオナシは自分の存在理由や生きる目的を忘れてしまった人たちの象徴だとも考察されています。千尋も名前を忘れかけていましたが、カオナシは名前を失って個性を失った存在です。そのため千尋とのコミュニケーションでは、社会的価値のあるお金に縋っています。このような描写は資本主義社会の弊害を象徴しているとの考察もされています。

宮崎駿はカオナシの歌も作詞しています。「さみしいさみしい」というタイトルでムッシュかまやつが歌いました。「さみしい」「欲しい」という言葉に加えて「夢」という言葉が繰り返されます。モノを求めても寂しさが拭えず、他人を求める様はカオナシそのものであり、「悲しい歌詞」と言われています。

そんなカオナシについて宮崎駿は「現代の若者をイメージしている」という内容の発言をしています。また、誰の心にも存在するものだとも語りました。ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫は、後に『借りぐらしのアリエッティ』を監督した米林宏昌がモデルだと発言しましたが、これは後付けであると米林宏昌自身が否定しています。

リンの正体を考察

千尋の良き先輩であるリンの正体についても複数の考察がされています。『千と千尋の神隠し』の映画の中では千尋の面倒を見てくれるキャラクターです。しかし、その背景は詳しく語られません。

そんなリンの正体でもっとも有力なのは「白狐」です。これはジブリの絵コンテに書かれていたからです。白狐は人間に福をもたらす霊狐とも言われる存在です。リンの顔は面長で、狐の特徴と一致しています。また、劇中で千尋の助けとなるキャラクターであることから、白狐説はもっとも支持されています。

他にもいくつかの説があります。「イタチ」と宮崎駿が実際に発言したことから正体はイタチであるという説があります。また、湯屋で働く女たちはほとんどナメクジであることから、リンもナメクジであると考える人もいます。しかし、映画のパンフレットには「人間」と記載されていることから人間説もあります。

ハクの正体を考察

ハクの正体はコハク川という川の神です。白い龍の姿になることができるのは、水神は河童、蛇、龍などの姿を取るとされているからです。ハクの本名は饒速水琥珀主(ニギハヤミコハクヌシ)と言います。海外版では単純に「kohaku river」です。

コハク川は千尋が以前住んでいた場所の近くを流れる川です。幼い頃に千尋が溺れたことがあるので、ハクは千尋のことを知っていました。しかし、コハク川は埋め立てられてしまいます。ハクは魔法の力を求めて湯婆婆の弟子となりましたが、これは埋め立てられたコハク川をなんとかしようと考えての行動であったと考察されています。

湯婆婆に名前を奪われてしまってから、自分の正体も思い出せずにいました。しかし、千尋のことはなんとなく覚えていたので彼女を助けます。その後、千尋と共に行動したことで、呪いが解けて自分を取り戻しました。

湯婆婆と銭婆の正体

湯婆婆と銭婆の正体は双子の魔女です。湯婆婆は千尋やハクにたいして厳しい態度を取り、銭婆は千尋に対して親切に接していました。

声も見た目もそっくりですが、実は双子は母親のメタファーであるという説があります。「子供に対して厳しく接する態度」と「愛情を示す態度」は対称的でありながら、どの母親も持つ要素だというのです。実際に千尋は湯婆婆の下で働くことで成長し、銭婆の力を借りて元の世界に帰ることができました。

千と千尋の神隠しの宮崎駿監督が伝えたかった事とは?

『千と千尋の神隠し』で宮崎駿監督が伝えたかった事についてまとめます。『千と千尋の神隠し』はそれ以前の宮崎駿作品に比べて明確な話の筋(論理性)が詳細には説明されていません。「敢えて説明を省いたり、場所によっては詳細な設定がない」とまで監督自身が明言しています。そのため、『千と千尋の神隠し』は受け手によってこれまで紹介したような多義的な解釈がされています。

冒頭にも述べたように、宮崎駿監督は小さな女の子たちのために『千と千尋の神隠し』を作ったと言っています。しかし、考察の中には「資本主義社会への風刺」や「文明論を語った映画である」といった意見がありました。一方で、宮崎駿監督は「単なる成長物語ではない」とも明言しています。いったいどのように解釈すればよいのでしょうか?

宮崎駿監督の熱心なファンであるから人たちには、監督の人物象が決して「いい人」ではないことが知られています。苛烈な主張や、ロリコンといった特徴はこれまでの作品で直接的に表現はされていなくとも、読み取られています。実際、『千と千尋の神隠し』の千尋はこれまでのヒロインとは大きく違いますが、千尋を「ブス」と言い表し、「モデルは知り合いの女の子」と言っているのは宮崎駿自身です。

そんな宮崎駿ですが、『千と千尋の神隠し』については小さな友人たちのために作ったと明言しています。それは一言では言い表せないものだそうです。ただ、「世界には汚い部分も綺麗な部分も両方あるけれど、その中でもあなたたち(小さな友人たち)はやっていける。大丈夫だ」という内容だと表現されています。

「社会で生きていくことは大変だけども、大丈夫」という言葉には民族や文化を超えた普遍性があり、それだからこそ『千と千尋の神隠し』は世界から評価されているのだと解説する人もいました。

千と千尋の神隠しのその後を考察!

その後のハク

ハクは湯屋のルールに従って八つ裂きにされたという都市伝説があります。『千と千尋の神隠し』はルールが強い支配力を持つ世界です。そのルールを破ったものは湯婆婆に八つ裂きにされるという決まりがあります。

劇中で千尋を救うための直談判をしている時、ハクは湯婆婆に「八つ裂きにされてもいいんだね」と脅しを掛けられています。ハクはこれを了承しました。このことはジブリの公式ブログでも、「ハクが運命を受け入れている」と言及されていました。そのため、「千尋と別れた後、ハクは死んでしまう」という考察が多くあります。

湯婆婆によって八つ裂きにされてしまうハクは、霊体や魂のようなものになって千尋に会いに行くという考えもあります。映画の最後ではハクが千尋に会いに行くことを約束していました。もし八つ裂きにされることを受け入れているのであれば、その言葉は単なる気休めです。しかし、『千と千尋の神隠し』の世界では言葉が強い力を持ちます。そのため、ハクの発言は姿を変えてでも会いに行くという意味だと捉える人がいます。

その一方で、「ハクは八つ裂きにされない」という考えもあります。ハクは最後に呪いが解けて、本当の名前を取り戻しているからです。これによってハクが湯婆婆の支配から解き放たれており、八つ裂きのルールにも従う必要がないと考える人もいます。

ただし、宮崎駿自身は「ふたりの永遠の別れ」と発言しています。「ハクが八つ裂きになってしまう」からなのか、「ハクは助かるけど千尋に会えない」という意味なのかわからず謎のままです。

千と千尋の神隠しの考察まとめ!千と千尋の神隠しには深いメッセージが込められていた!

これまで述べてきたように、『千と千尋の神隠し』は見る人によって解釈の仕方が変わる映画です。社会構造についての風刺と捉える人もいれば、心理学や精神世界と神話の関わりに紐づけて解釈する人もいました。一方で、宮崎駿は「知り合いの女の子のために作った」とも言っています。

明確な答えが無く、謎のままの部分も多くある作品ですが、多くの人に親しまれている作品であることは事実です。海外でも評価されていることから、国境を越えて伝わる作品の魅了があるのでしょう。15年以上前の映画ですが、時間を置いて視聴することで新しい発見があるかもしれません。視聴する機会があればこの記事を参考に自分なりの解釈をしてみてはいかがでしょうか。

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