日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版を比較紹介!あらすじもネタバレ

「日本のいちばん長い日」は終戦記念日である昭和20年8月15日をその前日から描いた日本映画の傑作です。1967年に岡本喜八監督版が、2015年に原田眞人監督版がそれぞれ公開されています。ポツダム宣言受諾を国民に伝える昭和天皇の玉音放送を巡り、阿南陸相の苦悩と自決。15日未明に発生した玉音盤奪取と皇居封鎖を目的とした宮城事件の顛末を描いています。この映画の原作の真偽については異説・異論も多く特に戦中世代には不評。いずれにせよ「日本のいちばん長い日」とは戦後を決定づけた一日を描いた作品です。

日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版を比較紹介!あらすじもネタバレのイメージ

目次

  1. 日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版を比較!あらすじもネタバレ紹介!
  2. 日本のいちばん長い日の岡本喜八版の映画あらすじをネタバレ解説!
  3. 日本のいちばん長い日のリメイク版の映画あらすじをネタバレ解説!
  4. 日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版の違いとは?
  5. 日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版のそれぞれの評価や感想を紹介!
  6. 日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版の映画比較まとめ!

日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版を比較!あらすじもネタバレ紹介!

今回紹介するのは「日本のいちばん長い日」です。この記事では、1967年の岡本喜八監督版と2015年の原田眞人監督版の両方の映画のあらすじや評価を紹介していきます。

「日本のいちばん長い日」とは?

「日本のいちばん長い日」とは半藤一利のノンフィクション小説です。1965年(昭和40年)の初版刊行時は文藝春秋新社から大宅壮一編のクレジットで発売され、1995年(平成7年)6月に文藝春秋から半藤名義で「日本のいちばん長い日 運命の八月十五日 決定版」として再版されました。岡本喜八版もリメイク版も原作はこの小説「日本のいちばん長い日」です。

当初の監督予定は?

実はこれからあらすじをご紹介しようという岡本喜八版の「日本のいちばん長い日」ですが、当初東宝は監督を小林正樹監督に内定させていました。ところがプロデューサーと折り合いが悪いということで、脚本担当の橋本忍の推薦で岡本喜八監督になったのでした。下は小林監督の「上意討ち 拝領妻始末」。主演は皮肉にも三船敏郎で「日本のいちばん長い日」と同じ年に公開されました。

公開することに意義がある作品がまさかの大ヒット

半藤氏が「日本のいちばん長い日」を出版したのは1965年。映画公開はその僅か2年後です。東宝は「製作公開することに意義がある」と考えてヒットすると思ってませんでした。ところが蓋を開けたら大ヒット。橋本忍は「全員がはずれると思っていたのに大当たりを取った」唯一の映画が本作だと語っています。下は橋本忍脚本の代表作「七人の侍」。

日本のいちばん長い日の岡本喜八版の映画あらすじをネタバレ解説!

まずは岡本喜八版「日本のいちばん長い日」のネタバレあらすじをご紹介します。この時代の天皇とは「現人神(あらひとがみ)」と呼ばれ、人間の姿の神として神格化されていました。そして日本は「神国」という特別な国という意識がありました。

当時の日本人は天皇陛下の声を聞いたことがありませんでした。しかし、昭和20年8月15日の正午から放送された玉音放送で多くの日本人が天皇陛下の声を耳にします。それだけでも事件ですが、内容は連合国への無条件降伏を受け入れるというものでした。

ポツダム宣言

昭和20年(1945年)第二次世界大戦末期の日本は極めて不利な戦局でした。7月26日6時、アメリカと中華民国(中国)、イギリスが日本に向けポツダム宣言の受諾を促す放送を流します。翌27日、鈴木貫太郎総理大臣の下、最高戦争指導会議が開かれました。

ポツダム宣言とは「日本軍の無条件降伏」を意味しており、国体の護持について一切触れられず、またスターリンの署名がないことから、鈴木内閣は事態を静観する結果となります。

怒濤の8月

既にドイツが先に降伏しましたが日本にはポツダム宣言を受け入れる意思がないとみなされ、8月6日、広島に原爆が投下されます。8日にはソ連も参戦し、9日の会議中、長崎に原爆が落とされました。広島も長崎も一瞬で壊滅状態に陥ります。

御前会議で天皇陛下が戦争の終結を望み、阿南陸軍大臣の反対に遭うも、昭和6年以来の凶作年ということもあり、ポツダム宣言を受諾することに決まりました。天皇陛下自らが直接国民に降伏を呼びかけると言い、NHKのラジオ録音放送の手配が始まります。これが14日正午のことで、「玉音放送」は翌15日の正午に流すことになりました。こうして日本のいちばん長い日が始まります。

解説:「御前会議」天皇陛下の前で開かれる会議のことです。余程のことがない限り開かれることは稀です。

陸軍の反発

鈴木内閣は終戦を決定したものの、明治維新で大日本帝国軍が創建以来、日本は戦争で敗れた経験がなく、大和を撃沈され、連合艦隊が壊滅状態の海軍はともかくとして、陸軍には本土決戦にこだわって「まだ戦える」と異を唱える者たちがいました。

陸軍の青年将校たちは反発します。阿南陸軍大臣は「決定したことに刃向かうのは反逆者だ」と諭しますが、森中将を団長とする近衛師団の畑中少佐らはひそかにクーデター計画を練ります。

玉音放送準備

玉音放送の録音開始は15時の予定でしたが、詔書の文言がまとまらず紛糾します。録音が終わったのは午前0時です。録音はレコード盤(玉音盤)に収められました。14日夜にラジオで「翌15日正午に重大発表あり」の放送を予告します。玉音盤を持った職員が拉致監禁され、畑中少佐は森中将を銃殺して偽の命令を流しました。

宮城事件

近衛師団の目的は玉音放送を阻止することで、これを宮城事件と言います。彼らは皇居入り口を封鎖し、宮中に立て籠もりました。近衛師団が募った他の若手陸軍将校らも協力しますが、東部軍司令官・田中大将が午前5時説得にあたります。その間、別の隊は首相官邸や枢密院議長邸に放火するなどしましたが、朝にはほぼクーデターは鎮圧されました。

阿南自刃・畑中自決

午前5時半頃、陸軍の阿南大臣は自刃しました。畑中少佐は椎崎中佐とともにビラを撒いた後、自殺します。金庫に納められていた玉音盤が出され、15日の正午、君が代の曲のあとに、予定どおり玉音放送が流されて、日本の敗戦が決まりました。

日本のいちばん長い日のリメイク版の映画あらすじをネタバレ解説!

続いてリメイク版「日本のいちばん長い日」のネタバレあらすじをご紹介します。岡本喜八版との最大の違いは昭和天皇が主要登場人物であるか否かです。まずは登場人物とキャストのご紹介からさせて頂きます。

登場人物とキャストをネタバレ紹介

主要登場人物はこの5人です。岡本喜八版との違いはそれぞれの家族が登場するということです。特に阿南は戦死した次男(遺影)、東京大空襲後に結婚した長男、そして妻と孫など家族とのふれあいや絆が強調されています。鈴木貫太郎も農水省をやめて父の議員秘書になる長男など東京郊外の私邸における家族との語らいが描かれています。

昭和天皇も疎開中の内親王(平成天皇)の消息や香淳皇后が描かれています。香淳皇后役は池坊由紀さん。ネタバレするとこの画像も池坊のホームページからの借り物です。

ちなみにあらすじ内で使いますが松坂桃李演ずる畑中少佐に屈しないNHK職員保木玲子役のこの女性。ネタバレすると戸田恵梨香さんです。

もう一つネタバレになりますが、佐々木武雄役のこの男性。よく見ると松山ケンイチさんですね。岡本喜八版のあらすじに彼の姿があります。

さらにネタバレで畑中少佐役の松坂桃李と共に決起する藤井政美陸軍士官学校附属大尉役はA.B.C-Zの戸塚翔太さんです。

ネタバレも最後にしますが、ストーリー上大事な存在となる阿南惟幾の戦死した次男の阿南惟晟役は岡本喜八版で阿南役を熱演された三船敏郎さんのお孫さんである三船力也さん。遺影での登場ですが細かいこだわりです。さて、余談も過ぎましたがあらすじに入ります。

立憲君主の描いた終戦へのシナリオ

昭和20年4月、鈴木貫太郎が首班指名を受けるところから物語は始まります。組閣に非協力的な東条英機の言葉を無視する様に昭和天皇は高齢や難聴を理由に固辞する鈴木を説き伏せます。

江戸時代生まれの鈴木は明治大帝の薫陶を受け、内閣に軍人はいらないという思想を彼に植え付けました。陸軍大臣に昭和天皇は阿南惟幾をそれとなく指名します。阿南の忠誠心と人物を天皇は高く評価していたのです。

解説:「立憲君主」とは憲法上天皇は大日本帝国の最高指導者でしたが、政治や軍事に直接口出しをすることは出来ないというもの。「君臨すれども統治せず」に代表される。かつて昭和天皇は2.26事件において「朕、自ら逆賊を成敗する」と言ってこの原則を破ろうとしたことがあり、以後反省から憲法至上主義に戻りました。日米開戦についても反対の立場でしたが古歌を詠み上げるという婉曲な方法でしか意思表明していません。

昭和天皇の腹の内は既に終戦に傾いており徹底抗戦派を内閣から排除するという狙いが明確です。そこで高齢とはいえ鈴木に白羽の矢が立ちました。最大の懸案は徹底抗戦派の神経を逆撫でして、和平工作を妨害されないようにすること。

戦を終えるという難しくも避けられぬ戦いはこうして始まったのでした。鈴木の就任直後に亡くなったルーズヴェルト大統領には「弔電」ともとれる内容を世界に向け発信します。

「解説」:「弔電」とは亡くなった人物に対して敬意を込めた文章を電報すること。現在交戦中の敵国指導者に弔電を送る行為は極めて稀で、後にこの行為をして鈴木の「騎士道精神」は欧米で讃えられた。

聖断

5月の東京大空襲が済むや6月には和平工作の準備に入ります。天皇は鈴木、阿南ら6人の側近だけに真意を打ち明けます。昭和天皇は阿南の子息の結婚式にまで気を回します。

抗戦派の東条は阿南の留守中に若い将校たちを焚きつけます。弓道に勤しむ阿南の許には「聖断」の二文字が届けられていました。

解説:「聖断」とは天皇陛下の決断のこと。つまり6月の時点で(実際はそれよりもっと早い段階で)昭和天皇の意志は終戦と決まっていたということ。

長野・松代に御所を移転という意見には昭和天皇自身が東京に留まると宣言し、内閣は紛糾しますが、鈴木は難聴を利用して聞き流します。

戦意高揚の歌が作られれば歌い、本土決戦用の武器を視察し、骨董品紛いの品々に鈴木は内心苦笑します。庭で竹槍の訓練をする女子に阿南は複雑な視線を向けます。

ポツダム宣言

7月26日に出されたポツダム宣言に国体の護持には一切触れられて居らず、ソ連スターリンの署名もなく、期限も区切られていない。黙殺を決め込むと決めた鈴木でしたが、8月9日、ソ連も参戦しなんでもありの戦局に内閣総辞職をすべきだという意見が出ますが、鈴木はこの内閣で戦争を終わらせると宣言。阿南は内閣潰しをするような陸相でないと言い切ります。

解説:「国体の護持」とは国の体制を変えないということ。つまり敗戦後も天皇制を存続していくという意味。ポツダム宣言の試案には「天皇制存続の保証」が盛り込まれていましたが、誰かの意図で故意に削除されたと言われています。「内閣潰し」とは陸軍大臣、海軍大臣が自分たちに不都合な内閣を潰し、新内閣の発足を妨害する行為で、軍人が大臣となって以来続けられた悪習です。

8月9日

広島への原爆投下とソ連参戦に戦争指導会議が開催され、阿南は真意とは逆に徹底交戦を唱えます。しかし、会議の最中に長崎への原爆投下の知らせが届き、会議は中止になります。

8月10日未明の御前会議で、鈴木は大ばくちに出ます。結論の出ない会議で昭和天皇への聖断を仰ぎます。

それは憲法上、明確なルール違反でしたが昭和天皇は承知の上でポツダム宣言受諾を了承します。

陸軍紛糾

一番危険な立場に立たされたのは阿南でした。常勝無敗の陸軍は戦意が衰えません。阿南を大将としてクーデターを決行するか、阿南を含む内閣を武力排除するかで意見が割れていました。

阿南は敢えて双方を納得させる檄文を降伏準備の文書に並べて掲載させます。片方は国民に対する遺書。もう片方は兵士たちへの遺書。阿南を危険視する和平派も含め、彼は正に四面楚歌だったのです。

深夜に陸軍の若手将校たちが現れ、和平派が阿南を監禁する可能性があるので護衛すると申し出ます。阿南は代表者を座敷に上げて歓待します。

翌朝、阿南は妻に和歌を預けます。一度だけ昭和天皇に陪席して食事をした事が彼にとって全てでした。一方、昭和天皇は東条をはじめとする抗戦派が翻意を促すのを次々に論破します。偽の大本営発表が姑息な手段で用意されるなど状況は不穏そのものです。

解説:「和歌を預ける」というのは正に辞世の句(死の前に心境を和歌で現す)を妻に託すという意味で既に自決を覚悟していたということ。阿南はその通りにします。「大本営発表」とは戦争遂行の最高機関である大本営司令部の発表のことです。日本は対米戦において何度も虚偽や被害を小さくした大本営発表をおこなっており、「上の人たちはそういうことにしておきたい」=事実ではないと受け取られました。

8月14日の攻防

陸軍の若手将校たちは綿密なクーデター計画を練り上げ、阿南の許に届けます。阿南は最終御前会議の結果を待ちその上で連絡するので待機せよと命令します。

御前会議では受諾賛成が圧倒していましたが阿南は真逆の反対派多数との連絡をし、迫水書記官に証言させると言います。鈴木は「賽は投げられた」の気持ちでのんびり蝉時雨を楽しんでいましたが、脳裏には日本分断占領というドイツ同様の最悪のシナリオが描かれていました。

1日でも早く相手がアメリカ一国のうちに降伏しなければ北海道までソ連に奪われる。実際、樺太や千島ではソ連の南下阻止作戦が展開されていました。阿南は2日の猶予を求めますが鈴木は拒否します。

解説:「賽は投げられた」とはサイコロの出目に関わらずやることはやった。後は結果を待つという言い回し。既に「ポツダム宣言の受諾」は中立国を介して連合軍側に伝わるのも時間の問題であり、その上で尚戦争を継続する場合は「現政権の打倒」が必要最低限事項となります。

クーデター断固阻止。戒厳令阻止。若手を処断しない。自分が自決して責めを負う。それが阿南の腹の内でした。

最終御前会議の結果は降伏、三国干渉を受け入れた明治大帝の名を出し「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」と涙ながらに労を労う昭和天皇に鈴木以下、皆涙を流します。

そんな中、玉音放送の文言の内容を巡って紛糾します。しかし海軍大臣の米内光政が折れ、阿南の主張した「戦局好転せず」の文言が盛り込まれ、詔書の内容が完成します。

阿南は将校達を集め御前会議の結果を報告して、不満や異議のある者は自分を切れと一喝します。

本土決戦もせずに敗戦することに納得のいかない畑中ら将校たちは尚も決起を画策しようとします。

しかし、将校の大半は機密文書の焼却処分など敗戦受け入れの準備にとりかかり、畑中は思うように人を集められません。

夜半過ぎに空襲警報が鳴り響き、皆防空壕へと退避します。しかし、米軍の攻撃は機銃掃射のみで爆撃はありませんでした。それでも、昭和天皇は警報が解除されるのを待たずに宮城へと戻り玉音放送の録音に取り掛かるのでした。

15日0時に録音は完了します。放送を収めた玉音盤はNHKの職員と相談の上で宮城内にて保管されることになります。

日本のいちばん長い日

決起画策に熱心だった畑中少佐は遂に森師団長殺害に及びます。畑中に恫喝されていた近衛師団も皇居封鎖に及びます。

白襷を目印にした決起部隊はNHKにまで乗り込んで玉音盤を巡る攻防戦が始まります。宮城事件の発生でした。

阿南は14日中に辞職と自決を決めていました。苦楽を共にした側近たちと酒盛りをした後、阿南は自決します。最期の言葉は「介錯無用」でした。

解説:「介錯無用」とは通常の切腹の作法では自ら腹を切った後に介錯人が首を落とすことで完了します。しかし、介錯無用は自決において他人の手は一切借りないということで、言うほど簡単なことではありません。

畑中少佐は玉音盤が放送されれば国民の大多数が天皇の言葉に従うと考え、血眼になって行方を探りますが発見出来ません。

また畑中らの言葉に嘘があることが次第に明らかになり、決起部隊は上官命令で解散させられます。畑中はそれでもせめて自分の意思表明をしようとNHKでの自説吹聴をしますが、NHK職員は電源を落として放送を妨害します。

決起の中心だった畑中と椎崎は拳銃で自決します。仮眠中の昭和天皇は阿南自決と時を同じくして「はっ」と目覚め、鈴木は東京郊外の私邸で息子と内閣解散の段取りを話し合います。阿南の遺体と対面した妻綾子は次男の戦死の様子を語るのでした。こうして正午に玉音放送は放送され、大東亜戦争は終結します。

解説:「大東亜戦争」とは日中戦争と東南アジア諸国の植民地解放戦争、対米戦を含めた総称。戦後教育による日本悪玉論に基づき呼称はGHQ(連合軍最高司令部)の決定で「太平洋戦争」とされました。

日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版の違いとは?

あらすじは如何だったでしょうか?さてここでは二つの「日本のいちばん長い日」について、違いを様々な点からネタバレで考察・解説致します。

配給会社の違い

岡本喜八版が東宝。リメイク版である原田眞人監督版が松竹。その違いがなにかというと、配給会社社長の戦争史観が影響を与えている可能性があるということ。監督としてのキャリアに関しては岡本喜八監督は「大菩薩峠」などを手掛け、晩年にも「大誘拐RAINBOW KIDS」をヒットさせるなど優秀な監督でした。

原田眞人監督も「金融腐食列島呪縛」「突入せよ!浅間山荘事件」に「クライマーズ・ハイ」(日航機墜落事故に遭遇した地方紙記者たちの物語)など見劣りはしません。最新作の「検察側の罪人」もメガヒット中。ノンフィクションものに強いので現代の監督の中では最適任者と言える監督です。

東宝と松竹と言えばライバル。「何故今になって?」「岡本喜八版では到らない点があったからなのか?」「解釈で納得の行かない点があったからなのか?」「どうせ公開するなら2年待って2017年だったら、岡本喜八版公開50年の節目なのに」「確かに喜八監督の没後10年だけど」などいらぬ憶測を呼んでしまいます。製作発表段階でこうなります。

キャストの違い

岡本喜八版が作られた時代は黒澤映画で徹底的に鍛え上げられた名優割拠の時代でした。wikipediaでサッとキャストに目を通しただけで、笠智衆、三船敏郎、志村喬、加藤武・・・スクロールさせても天本英世、井川比佐志、小林桂樹、黒沢年雄、加山雄三、新玉三千代でナレーターが仲代達也。

邦画に詳しい人ならこのキャストはほとんど「シン・ゴジラ」級以上のオールスターキャストとなる筈です。そして昭和天皇役も初代松本白鸚。誰のことかって、ドラマ「王様のレストラン」や舞台「ラマンチャの男」で知られる二代目松本白鸚のお父さん。つまり松たか子のお爺ちゃんです。しかも、昭和天皇は基本的に画面に出ません。それこそシン・ゴジラを動かしたのが野村萬斎というぐらいの奥ゆかしい扱い。

対してリメイク版は本木雅弘が昭和天皇役。金融腐食列島、浅間山荘で原田監督と仕事をしている役所広司が本作のキーマンとなる阿南惟幾役。迫水久常内閣書記官長に「クライマーズ・ハイ」で主演の堤真一と同作出演の山崎努を鈴木貫太郎役。畑中健二少佐役に松坂桃李といった配役です。わりと原田監督との仕事に慣れているキャスト。

描いている時間の長さが違う

桜を見るのはこれで最後かも知れないというセリフが入るのでそのシーンだけでもジーンとなると話題になっています。

裏付け史料の違い

1967年にはなくて2015年にはあるもの。それが「昭和天皇実録」です。つまり、侍従長という天皇陛下の最側近が記した記録をもとに作られた第一級史料。これを踏まえないのと踏まえたのでは大違いです。

岡本喜八版にせよ、リメイク版にせよ原作は半藤一利のノンフィクション小説ではあるのですが、時代考証をした際に当然ながら当時の第一級資料とのすり合わせをするわけです。そうでもしないと故人であり陛下であらせられた昭和天皇のご意向とは違ったものが出来てしまいます。

戦争遂行責任者たちの物語と家族の物語

公開当時、岡本喜八版に寄せられた批判の多くが「戦争遂行責任者たちを美化しすぎてはいないか?」というものでした。当時はまだ終戦から20年少ししか経っておらず、戦争体験者が大勢生きていた時代です。そうした視聴者にしてみれば、三船敏郎ら名優たちが戦争遂行者たちを演じることにいたたまれない気持ちになります。

対してリメイク版は終戦に尽力した人物を三人に絞り込んでいます。つまり昭和天皇、鈴木総理、阿南陸相です。彼らが誰と戦っていたかは明白で「本土決戦」「徹底杭戦」「2000万人を特攻させれば神風が吹く」などと日本人を物のように考える常勝不敗の陸軍軍人たちでした。そして、3人の戦いを支えていたのはそれぞれの家族でした。阿南の次男のように多くの日本人は戦争で命を落としたり、家族を喪っていました。

無名の人々の苦しみに思いを馳せ、最悪の事態を想定して鬼にもなる。阿南の置かれた苦しさを一番分かっている筈の鈴木総理は阿南からあと2日の猶予を求められても拒絶します。一日でも数時間でも早く終わらせなければならないという使命感があり、玉音放送が流れたら自分の仕事は終わるという強い決意です。

昭和天皇の意志もはっきりしています。そもそも敗戦の責任は2.26事件発生を許し、政治に軍人を介入させる道を作った人々に他なりません。つまり、こうなってしまったのは全て「日本人自身がそれを選んだからだ」というものです。ただ、「終わらせられるのは自分だけ」という悲壮な覚悟も持っています。空襲警報に構わず玉音放送の録音に臨んだことや、ポツダム宣言に自身の処遇が明確でないのを承知で了解します。

そして、3人は日本人なら必ず焼け野原から立ち直って国を再建出来ると信じてもいました。阿南はそのために嘘をつき、謀ってでも多くの若い将校を後世に残そうとします。鈴木は新しい時代を作るのは老人でないと考えていました。

その他の違い

岡本喜八版には仲代達矢のナレーションが入ります。これがまた効果的で「長い一日は半分しか終わっていなかったのである」ときたりするので、観ている側の緊張感を保たせます。
 

リメイク版の方はナレーションなしでかわりに場面毎に英語字幕が入っています。海外の視聴者向けです。

日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版のそれぞれの評価や感想を紹介!

それでは「日本のいちばん長い日」についての感想の方をそれぞれについてご紹介致します。

岡本喜八版「日本のいちばん長い日」の感想

まずは岡本喜八版の感想から。さすがというか大御所俳優が多数出演していることもあり、迫力や葛藤する様は観る者の背筋を伸ばさずにおれないようです。彼ら自身も戦中世代ということもあって軍人としての演技もリアリティに溢れています。

その時代を生きて辛酸を?舐めてきた人間たちが名優となって図らずも演じることになった、という背景が名作を生むきっかけになったと思います。

さてこの24時間が、日本のいちばん濃い日だったことは間違いないかもしれないが、当事者にとってはむしろ、いちばん短い日だったのではないかとも思える。それほど濃密な日だったことはひしひしと伝わってきた。この臨場感はやはり書籍だけからだと難しく、まさに映画の真骨頂だと思う。

そうかもしれません。いちばん長い日であり、当事者にとってはいちばん短い日だった。なにしろ24時間などという時間は正にあっという間に過ぎる濃密な時間であり、大勢の日本人を生かす為に犠牲にならなければならなかった人たちがいた。また、この日に死ぬことは出来なくても、近いうちに戦争責任を問われることが容易に想像される東条英機らもいたのです。

原田眞人リメイク版「日本のいちばん長い日」の感想

続いて原田眞人監督版についての感想です。肝心なことほど我々日本人は知りません。GHQのせいなのか日教組のせいなのでしょうか?知る権利があるのに知ろうとしない我々日本人の怠慢なのかも知れません。

至急67年版 岡本監督の同作を観なければならない。そう遠くない過去にこれらの事件が実際にあった。まだまだ知らないことだらけだ。

ドキュメンタリーのように進む感じや、各人それぞれの立場の感情のゆらぎが僅かな演技に表れており、さすがだと思いました。特に本木雅弘さんの演じる昭和天皇には見入ってしまいました。それから阿南夫人にはかなり揺さぶられました。

脇を固めた人たちについて紹介したかったです。特にラストで阿南の遺体に語りかける綾子夫人については触れたかった。しかしながら適切な画像もなく、やむなく断念しました。また阿南の心中を知り尽くし、最後まで日和ることなく彼を支えたこの人物については画像だけでも紹介させて頂きます。

日本のいちばん長い日の岡本喜八版とリメイク版の映画比較まとめ!

描き方の違い

二つの「日本のいちばん長い日」ははっきり言ってしまえば原作が同じだけで中身はまったく別の映画です。これは忠臣蔵を作る際に群像劇として描くか、大石内蔵助を主人公に描くかという違いにたとえるとわかりやすいです。そして、原作主義と史料主義の違いで、リメイク版は明らかに史料主義。wikipediaで各人物を参照すると良く分かりますが、いつ誰がどのような言葉を使ったかを忠実に再現しています。

特に「日本のいちばん長い日」で昭和天皇という最重要人物を登場させるか否かという点は両者を著しく分ける要因になっています。岡本喜八版は昭和42年公開で当時はまだ昭和天皇が51歳であったということ。この年の日本で大きな出来事は吉田茂元首相の国葬です。「日本のいちばん長い日」と無関係のようでいて、戦後の在り方を決定づけたこの人物の死はたまたま一緒でした。

映画にした際にまだ生きていた人たちを取り扱っていたので扱いを慎重にせざるを得ませんでした。対してリメイク版は登場人物の大半が故人ですので、後世の人間として歴史的事実を俯瞰した形が取れたという事に他なりません。ちなみに昭和天皇は岡本喜八版の「日本のいちばん長い日」をご家族とご覧になられています。

また、敗戦決定が鈴木内閣誕生時点でほぼ既定路線だったと描くことで、ドイツ敗戦や原爆投下により、降って沸いたように決まったのでなく、周到な根回しに必要な人物を要職に置いて慎重に進められていたことが、8月のソ連参戦や原爆投下で明確化し、15日を迎えたということになります。

昭和天皇という人物

岡本喜八版では人物像をぼかさなければならない事情がありました。当時は単に「天皇」と言えば昭和天皇を指したからです。リメイク版ではその聡明ぶり、人物観、博識ぶりが随所に表現されています。

聡明ぶりについては「大東亜戦争」を「応仁の乱」にたとえ、15年ただ徒に続いてしまい民の困窮を考えなかったとしています。この当時の日本人でこうした連想が出来る人物がどれほどいたことでしょう。応仁の乱は足利幕府を凋落させ、ひいては朝廷の権威も形骸化させて戦国時代を招きました。

人物観についても、高齢の鈴木貫太郎を首班指名したのは自身に思うところがある「2.26事件」の被害者で、重傷を負いながらも軍人の圧力に屈しない硬骨漢で、侍従長として天皇の真意を知る者として本人の固辞を曲げても登用し、阿南惟幾についても2.26事件への私感で「軍人が政治に関与してはならない」という思想が明確な人物で、本人の人となりを知っているからこそ難局を任せるに値するとしています。

博識ぶりについては東条英機に対し、サザエの学名まで示し、チャーチルやトルーマン、スターリンを引き合いにして「殻は食べたら誰だって捨てる」物だと示し、ナポレオン1世についても前半生は祖国フランスのため、後半生は自身の名誉のために生きたと断じています。その誤った轍は踏まないという意思表示もかなりキツい口調で言い放っています。

近世の研究で欧米においても、昭和天皇がヒトラーら他の枢軸国指導者と違い、立憲君主の立場を崩さず、国家の意志決定を容易に出来る独裁者でなかったとし、敢えて政治関与したのがポツダム宣言受諾だったとしています。また、自分だけ安全な場所に逃げることをせず、空襲に晒される帝都東京に留まって民と苦楽を共にしたこともわかっています。

本来の人格については聡明かつ手厳しい人物で苛烈です。しかし、敗戦後の日本において象徴天皇制の模範たるべく、自身を徹底的に殺して温和な人物として振る舞い、その波乱に満ちた生涯を閉じました。父たる大正帝の摂政時代から70年近くにわたり、国のトップとして振る舞った世界史的にも稀な人物です。

次代の担い手となった現天皇にも受け継がれ、天皇の名の下に行われた戦争犠牲者のみならず災害罹災者に対する共感と同情の姿勢は、今や全世界が知る処となっています。その退位が迫る中、昭和天皇の戦争責任を問う声は次第に弱まっているようです。

まとめ

さて今回は岡本喜八版の「日本のいちばん長い日」とリメイク版との比較を行い、終戦とはなんだったのかを考察させて頂きました。併せて逆の立場…一市民として戦争体験者の率直な感想である「この世界の片隅で」をご覧頂き、「大東亜戦争」もしくは「太平洋戦争」について理解を深め、憲法で平和を謳う日本人としての感想を個々に抱く契機となれば幸いです。

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